3人の創業者

 

いつの間にか日付は5月13日。少しだけ報告がおくれましたが、ブログを書いていきます。今日は助けあいジャパンの創業者の話、タイミングもあって、あえて3人の創業者というタイトルです。

 

昨日、5月12日に助けあいジャパンの理事が変更になりました。立上げ当初から関わっていた、会長の佐藤尚之(通称、さとなおさん:写真右)、副会長の石川淳哉(写真左)が退任し、新しい組織体制になります。あわせて、事務所も引っ越しました。

 

プレスリリースはこちら
「公益社団法人 助けあいジャパン」 理事変更・東京事務所移転のお知らせ 

 

今回の理事変更ですが、本当は2012年の8月に私が代表になった時から予定はしていました。組織の若返りで、新しい体制での助けあいジャパンにすることはさとなおさんも石川さんともずっと話をしており、震災から3年が経ち、団体としても一区切りがついて、今回の変更です。

 

会長と副会長。 2人は助けあいジャパンを作った創始者。
この2人が今回、理事から抜けます。これまで通り、会長、副会長という関わりはあるものの、理事権のない顧問という立場で団体運営に関わります。

 

さとなおさんと石川さん。この2人から助けあいジャパンは始まりました。震災の夜、本当に3月11日の夜から、出来ることを模索し、情報発信のプラットフォームである、tasukeaijapan.jpを立上げます。 日本で初めて民と官が連携し、情報発信をするという、これまでにない新しい枠組みでのスタートでした。

 

市民やインターネットができること、民が主導で官と連携してできること、そんな形でスタートした助けあいジャパンは、設立から1年という早さで公益法人に認定。その後は、宮城、福島、岩手で30名近い雇用を生み出し、今年の3月には47都道府県の大学生、1711名が被災地を訪れるきっかけバス47も実施しました。

 

今ではたくさんの方が関わっていただき、きっかけバスの活動でメディアにも取り上げられ、大学生や若い層にも「助けあいジャパン」の名前は広がったと思う。新しい人からするとちょっと会長、副会長の影が薄れてるけど、あのきっかけバスをつくったのも2人なんです。

 

きっかけバスの名前をつけたのはさとなおさん。きっかけバスの元となる3県縦断ツアーを考えたのは、石川さん。ぼくが代表になってすぐ、大学生をなんとか被災地に連れて行きたくて、最初に3人でつくったプロジェクトはきっかけバスだったんです。 だから、きっかけバスが日本全国に広がった時、やっぱり嬉しかった。会長と副会長と一緒に最初のバスをだしたのがすごく懐かしいです。

 

 

そんな2人とあわせて、助けあいジャパンの創始者ともいえるのが、松村光芳さん。通称、marcさん、または松村先生(先生はお医者様)。今日はちゃんと先生のことも書いておきたい。

 

松村先生はさとなおさんの主治医でもあり、助けあいが発足した当初からサポートいただき、団体の監事も引き受けてもらっていました。助けあいジャパンが最初にいただいた大口の寄付は、実は松村先生。この寄付がなかったら、今の助けあいジャパンはない。 それくらい、最初に勇気をくれたのも先生でした。

 

そんな松村先生、2012年から脳腫瘍が見つかり、そんなに長くないことをおっしゃっていました。闘病の中も助けあいのイベントに来ていただいたり、ぼくが相談にいったら快く引き受けていただいたり、いつも助けあいのことを気にかけてくれていました。

 

そんな先生は5月10日に亡くなり、今日はそのお通夜でした。動画や先生の記念の品がたくさんあって、すげー泣けてきました。

そして、先生が亡くなられたのと、会長、副会長の退任のタイミングがほとんど同じで、なんだか意味があるようにも思えてきています。

 

終わり、そして始まる。少し勝手にかくけど、そんなことなのだとふと思った。

 

佐藤尚之さん、石川淳哉さん、松村光芳さん、そして、ぼく。

「人生の全ての出来事がご縁で繋がっている」、これは松村先生の最後の講演会での言葉。震災前だったら知り合うことの無かった先輩の3人。 ステキなご縁でぼくは今、その3人が作った団体の代表になっています。

 

そんな3人の創始者から始まった助けあいジャパンも、2014年の5月で一区切り。理事が代わり、団体も、そして、私自身も新しくメンバーと活動していきます。新しい理事は野村謙次さんと長谷川雄介さん。2人とも若く、復興の現場で熱意をもってリードしていきます。

今の理事や中心のメンバーで震災当時、本当に311からの立ち上がりを知っているのは、もうぼくだけ。震災当時に大変な中、立上げた助けあいジャパンの創業者の想いを、ぼくはこれからもみんなに伝えていく使命があります。

 

松村先生の言葉に下記のものがある。

 

若い君たちに
未来を信じて労を厭わない
迷ったらチャレンジしろ
ほとんどのことは何とかなる
善の力を信じよう

 

これは、松村先生最後の講演会での言葉でした。
「野田君、チャレンジしろ、日本の復興を諦めるな。そして、助けあいを頼む」松村先生はいつもそんな言葉をかけていただいていました。

 

その想いは会長、副会長も同じ。
若い世代が、復興をリードする。それから新しい日本を作る。そんな2人の想いもあって、今回理事がかわるのです。そうやって、ぼくがいつか次の世代へバトンを託す時もくるのでしょう。

 

さとなおさん、石川さん、そして、松村先生、これまでどうもありがとうございました。

終わり、そして、始まる。 そんな震災から3年2ヶ月の2014年の5月。
助けあいジャパン創業者の想い、いつまでも伝え続けていきます。 心からの感謝を込めて。

左:故 松村光芳(元監事)、右 佐藤尚之(会長) 2012年6月11日助けあいジャパン懇親会にて

 

良かったらこちらもどうぞ
松村先生の最後の講演会のお話  人生の全ての出来事が「ご縁」で繋がっている

会長のさとなおさんの松村先生の記事  虫の知らせって本当にあるんだなぁ
副会長の石川さんの松村先生の記事       最後の患者

大きな組織を動かすには、大きなビジョンを

 

久しぶりにブログ書きます。

いやー、最近、ブログも書けないし、Facebookも書けなかった。

おいー! 世の中、春だぞー!と思いながらも、何か凹む。
あれです、いわゆる「スランプ」ってやつです。 壁にぶちあたっておりました。

そんな壁、結構大きな壁が目の前にありました。

毎日、ウダウダウダウダ。
あー、なんか元気がでない。 やる気がでない。人に会いたくないし、事務所にもいたくない。 人生で初めて、こんなに凹んだ。

いつもポジティブなんだけど、「自分にもこんな一面があるんだ!」 ってくらいに、ネガティブでした。本当に何にもできませんでした。

大きな壁があるなーとおもってた。けど、そんな壁をぶっ壊してくれたのが、ある経営者の方との打ち合わせでした。

 

 

 

この経営者の方は、ある方の紹介を通じてお会いしました。みんなが知ってる企業の方だし、本当はお会いできること自体スゴいことなんだけど、 凹んでいたこともあって、ちょっとお会いするのが億劫でした。

会いたくなーい! 資料もつくれなーい!
ってそんな感じ。紹介してもらっているのに、本当に行きたくなかった。
でも、お会いしたら全然違った。

 

「野田さん、あなたのビジョンは何なの?」 ってところから、ミーティングが始まり、終止、ビジョンや復興の話をずーっとしていただきました。

普通、だいたい経営者は数字の話とか、どれだけ儲かるとか、そういう話になりがち。でもこの方はふた周り以上違う自分に対して、ご親切にアドバイスをいただき、そして、活動にも協力いただけることになりました。

 

最後にはメールで、こんな言葉をいただきました。

「大きな組織を動かすには、大きなビジョンを。
大きなビジョンを掲げれば、たくさんの壁にぶつかります。でも、まだまだ若いんだから、前に向かって走り続けてください。」

なんか、このメールをもらってから、少しずつ気分がかわってきました。

大きなビジョンを掲げれば、本当にたくさんの壁にぶつかります。時に、批判も受けるし、たくさんの失敗もします。自分の自信もなくなります。それで、ぼくも凹んでました。

でも、それでも前を向いて走る。走り続ける。そうすると、こうやって、サポートしていただける方に巡り会うことができます。なんか、すげーな、ご縁って。 月並みだけど、人生って素晴らしい!!そんなことを実感してます。若いうちは、壁にぶつかりながらも、走り続ける。 これ、大事!

何だか、とりとめもないブログですいません。
でも、批判や失敗が怖くて、仕事ができるか。大きなビジョンを掲げて、走って、壁にぶつかり、それを乗り越えながら、一生懸命がんばる。それが若さの強みだと学びました。

おかげさまで、今はブログを書けるくらい元気です。
いつの間にか、書けなくなってたんだけど、もっと「ガンガン行こうぜ!」。 そんな感じでまた走り続けます。

大きな組織を動かすには、大きなビジョンを。
たった一度の人生、自分で小さくまとまるなよ!

若いって、それだけで素晴らしい。また、やりきります。走り始めます。

P.S
きっかけバス47プロジェクトは4月末まで寄付金を集めております。
こちらもぜひどうぞよろしくお願いします。

何で私がきっかけバスをやってるのか、何で、日本全体を巻込むのか、それはまた次回のブログで。

http://kikkakebus.tasukeaijapan.jp/

さあ、4年目、つながりの力を信じる!

今日は2014年3月11日、東日本大震災から3年が経ちました。

この日に何を伝えようか本当に迷いました。ポジティブに書くのか、ネガティブに書くのか、迷いに迷ったんですが、頭で考えるのをやめて思ったことを書いています。

もう、ニュースでみんなご存知の通り、復興は進んでいません。依然として26万人超の方が仮設生活を続けられ、町づくりも本当にこれからです。

 

東日本大震災は国難と言われています。日本に大きな被害をもたらし、今なお、その被害に苦しむ人がいます。 世界で3番目に豊かなこの国に、自宅が無い人が26万人もいることは、どう考えても普通のことじゃない。

 

ぼくは震災の次の日から復興に関わりました。国や被災3県、市町村、企業、NPO、ボランティア、学生インターンとたくさんの人と、復興に携わってきました。他の人よりちょっと色んなことを見たし、知ってるし、感じたこの3年間。今の被災地もちゃんと自分の目でみてきた。だからこそ、何を伝えるのか迷った。

 

考えすぎて頭が変になったのか、昨日の夜、フラフラになりながら、ふと3年前を思い出しました。

原点回帰。ぼくが迷っていたこと、書けなかった奥底は、3年前の原点にありました。

 

 

3年前の311、助けあいジャパンは、さとなおさんと石川さんの2人からはじまりました。ぼくはその次の日に友人にFacebookでグループに追加されて、初めて助けあいジャパンの活動に関わった。3月12日の時点では、助けあいジャパン って名前はなかった。

 

実際、そのときはさとなおさんにも石川さんにもぼくは会ったことなかった。会ったことないのに、ネット上でいきなりプロジェクトが一緒にはじまって、

あまりのスピードとスケールにちょっと慌てた。ただ、ぼくが一番覚えているのは、Facebookで書いたさとなおさんの下記の言葉。

「この未曾有の大震災、個人はインターネットで何が出来るんだろうか?」

 

この言葉がきっかけになって、助けあいジャパンは動き始めました。何かやりたい、何かしたい。そういった気持ちがある個人をこのインターネットを活用して、みんなで一緒に復興に関わろう。 そんなプラットフォームを目指して、tasukeaijapan.jp の運営もスタートした。

 

助けあいジャパンって名前はあとから決まった。
困ったら、助けあおう。 日本中のみんなで助けあうから、助けあいジャパン。

 

すげーシンプル。 困ったら助けあおうぜ、日本中で東北助けよう。そんなところから、ぼくの東北への関わりはスタートしています。

 

人と人がつながり、できることで協力しあう。それが、助けあうということ。

その昔ながらの助けあいに、今は、インターネットやSNSがあることで、組織や地域、時間の壁をも越えて人がつながりはじめる。1人の力は小さいけれど、個と個がつながり、それが重なって大きな形になっていく。それが助けあいジャパンが目指しているもの。

 

困っている人がいたら、何かしたい、助けたいっていう、想い。日本人の昔から持つ、助けあいの心。善の力。普段はその小さなつながりは見えない。そして、つながりって、論理的には全く説明できない。

 

ぼくは昔は外資で働いていて論理と数字しか信じてなかったのに、今はつながりを信じています。って言ってる自分がいます。 本当、人生って3年で変わるもんです(笑

 

でも、ぼくはこの3年で本当にたくさんの人と出会い、311前だったら出会わなかった人達と一緒に復興に取り組んでいます。今、ブログを読んでもらっている人ともそうだと思う。人の縁、つながりって、改めてすごい。そして、そのつながりを信じて始まった助けあいジャパン、ぼくは最後まで信じて続けていきたい。

 

さて、今回、震災から3年、助けあいジャパンで新しい仕組みを作りました。

1つは全国の大学生が復興にかかわるきっかけバス47。 学生はボランティア、社会人は寄付で参加するプロジェクトです。先日、JALさんのステキな動画が上がってきました。こちら、ぜひどうぞ。

YouTube Preview Image

 

何かしたいけど、全部はできない。寄付もそんなにできない。けど、ちょっと復興に関わりたい、っていうきっかけをつくるため、寄付も500円から、JALマイレージやポンタポイントでもできるようになっています。

47都道府県が改めて被災地に行っています。ぜひ、レポートも見てみて下さい。寄付はこちらから。

 

 

 

また、いつもの生活の中で復興と防災に関わる仕組みも作りました。
助けあいジャパンソーシャルクレジットカードです。

公共料金や携帯代をこのカードにするだけで、自分の負担無く使用金額の0.1%が復興と防災に使われます。カード申し込みとあわせて、会員になればボランティア活動保険もついてきます。全部無料、ネット申し込みで完結します。(←これ、結構すごいこと!)カード申し込みはこちら

 

個人が出来る範囲で関わる。その1つ1つが積み重なって、大きな力になるような活動です。リニューアルしたサイトに メッセージも載せています。
ぜひ、みなさんの力、改めて貸して下さい。

 

 

 

最後に

この一年、とにかく突っ走りました。
去年の3月11日、はじめて岩手、宮城、福島を一日で周りました。いろんな人と話をして、当たり前にやってもこりゃダメだなって、ふと思ったんです。
1000年に1度の大震災、これまでの発想じゃ全然だめです。縦割りや国の単年度予算という、これまでの仕組みでは対応ができない。論理的に考えれば、復興はいきづまります。論理では解決できない、復興はうまくいかない。であれば、あえて、市民やインターネットを中心に全然違う仕組みを作ろうと思って今年一年は活動していました。

 

それが全国の学生を巻込むきっかけバス47であり、ソーシャルクレジットカードです。復興に必要な人とお金、そこの新しいプラットフォームを作りたかったんです。

 

とは言っても、最初は出来るかどうかも分からない。でも仲間を信頼し、助けたいという想いだけで、前に進む。そこにできる根拠も理由もほとんどありません。ただ、1つだけあるのは、でも、目の前にまだまだ困っている人がいる。自分ができることで関わる、助けあう。本当にそれだけです。

 

この1年の間、何度もダメかと思った。でも、助けてくれた人、支えてくれた人がいて、嬉しかった。無理かも、やっぱり無茶かもって本当に何度も思った。

でも、その時に声をかけてくれたり、支えていただいていた方がたくさんいました。本当にみなさま、感謝しております。つながりの力って、すごいよね。今、自分が一番感じています。

 

そんな、人のつながりの力、善の力を信じる大事さ。それがぼくの復興の原点。論理だけじゃ、復興は行き詰まっちゃいます。改めて今年はそれを感じました。人のつながりの力を信じる。最後の最後まで、ぼくはそれを信じて進んでいきます。すげー、非論理的ですが(笑

 
さあ、明日から復興も4年目です。 やっぱりぼくは前向いて進みます。困ったら日本中で助けあおう、改めて、助けあいジャパ〜ンです!

これからも一緒にやりましょう!

今、復興に新しい風が必要です。みんなの力、貸して下さい 

 

長い、長い、トンネルをやっと抜けました。ずっとずっと苦しかったけど、それが誰にも言えませんでした。

私は震災の次の日から、復興にかかわりました。3月12日から助けあいジャパンの立上げに関わり、今はその団体の代表として岩手、宮城、福島、東京で復興にずっと関わってきました。

被災地に行けばいくほど、課題は多く、大変。被災した場所での事業も本当に大変でした。行政の縦割りやこれまでのルールに挟まれ、組織としての助けあいジャパンも未熟で、資金力もネットワークも公益法人としてのノウハウもありませんでした。

そんな中で復興を続けていくと、さまざまなことが起こります。いやー、大変。超大変。もう、本当にダメかと思ったけど、やっとトンネルを抜けました。覚悟が決まりました。

 

最初に少しマジメな話をさせてください。今度の3月11日で震災から3年を迎えます。この3年が東北にとっても、日本にとっても、大きな節目だと思って私は去年からずっとやってきました。

 

3年が節目。それには理由があります。昨年の3月末、さまざまな支援団体が東北から撤退しました。理由は国のNPO向けの助成金が2年で打ち切られたのが大きい。あわせて、風化が進み、寄付も集まらなくなり、資金面、運営面で撤退せざるをえない団体が相次ぎました。

NPO向けというのは語弊があるのでちゃんと書きます。いわゆるソフト事業のお金が無くなりました。分かりやすくいうと、国や行政の予算は大きく二つに分かれます。

 

1.建物や道路などコンクリートを使う「ハード事業」
2.人材育成や支援、観光、ITなどの「ソフト事業」
この中でも分かりやすく、成果が見えるのは「ハード事業」。建物や道路を作るっていうのに、誰も文句言う人はいません。やったことが見えるからです。(いわゆる建物作っておわり、ハコモノ行政って言われるのは、このハード事業)

 

でも、人材育成、支援事業、観光、IT、などの「ソフト事業」は成果が一年では見えづらい。特に復興予算の使い道が問題になると、成果がわかりづらいものは敬遠されます。

 

なので、復興ではハード事業が重用しされ、いわゆるソフト事業のお金や支援が2年で大幅になくなり、復興の支援団体も激減しました。でも、いろんな活動をやればやるほど、このソフト事業が本当に大事なのです。 復興に関わる人材育成や被災者の支援事業、などなど。一年で分かりやすい成果はでないけど、本当に必要なことがソフト事業にはあります。そして、国の単年度での予算編成では、中長期的な視点での復興が国や行政には難しいと実感していました。

 

そんな中で、2年目が終わる頃に、NPOの大御所のみなさんが国にお願いしていました。「何とかソフト事業にお金を。。。」と復興庁や政治家を通じて、ちゃんとやったみたいですが、結局ダメだったみたい。ぼくはそれを準備の時から聞いていたので、結局、国ってそんなもんか。と落胆しました。

国や行政は縦割り、既存の枠組みを変えられない。国難と言えども、国や行政に頼っていては新しいことは日本に起こらないと実感しています。そんなことを現場や東京で見ていると、3年を迎える時に、これまでのやり方でははっきり言って復興が終わると思っていました。

人の関心も薄れ、予算やサポートもなくなる。そして、結局残されるのは、仮設住宅に住む27万人のひとたち、東北で復興をがんばっている仲間。

 

誰もが被災地を見放し、ただ、道路や建物が復旧していく。ハコモノだけに予算がついて、建設関係は儲かるけれど、そこに人の元気や笑顔、新しい町の活気はない。新しい仕組みもできてない。

 

これは、阪神大震災でも起こったことだそうです。

「町は時間をかけて元にもどったけど、その間に人は離れ、町に人の活気はない。ただのコンクリートの町だけが残った」

と神戸の方から何度も聞きました。

 

それをやっちゃ、絶対いけない。阪神大震災の経験も活かさず、町だけが元に戻る。だけど、人の活気は全くない。人が残っていても、高齢者の方だけ。 そんなのはハッキリ言って、衰退し、滅びていく町と同じです。

 

そして、同じようなことは被災地でなくても、起きはじめます。過疎化が進む全国の地方で同じことが起き始めます。少子高齢化、過疎化が進む、日本の地方。 そこに地震と津波、放射能の影響まである東北の被災地。そんな被災地は、今、日本で一番困っている場所とも言えます。

 

そこに国も行政も、市民も、なす術なかったら、これから他の地方も衰退する。復興で国をあげて、新しい仕組みができないんだったら、日本の地方も衰退していきます。少子高齢化も産業の空洞化も解決策がいま、本当にない。だから、それを東北の復興からつくる仕組みが必要。 だから、「政治家も東北の復興が日本の復興」って言ってる。けど、ほんと国だけではもうムリ。今までのやりかたじゃムリです。痛感しています。

 

特に3年という月日が過ぎると、人々の関心がなくなり、風化は一気に進みます。 そんなこともあって、今度の3月11日が本当に東北の復興、日本のこれからにとって大きな節目だと思って一年やってきました。これで復興が新しい局面にいかないと、もう、日本もダメだなって思ってやってます。 既存のやり方を変えないかぎり、本当にムリです。

そんなこともあって、必死にやってきたけど、何か全然ダメ。もう、本当に必死、がむしゃら。何か変えなきゃ、何とかしなきゃーっ、もがいて、もがいて。昨日「あっそうか」って思ったんですよ。やっと、トンネルを抜けました。

 

それはある人に聞いた「お祭り」についての話がきっかけでした。

 

日本人は昔から祭りが大好き。感謝や祈りのために神仏や祖先をまつるのが本来のお祭り。でも、本当に日本人が好きなのは、そういう儀式的な祭りもだけど、あの、神輿かついで、ワイワイ、ガヤガヤしたお祭り。

出店もいっぱいあって、誰か友達にあうかな? 行ったら何かあるかな!? そんなワクワクしたお祭りが大好きじゃないですか。

 

復興もそんなお祭りでいいんじゃない? 何か参加したらわくわくして、何か起こるんじゃない? 新しい出あいもあるんじゃない? 未来変わるんじゃない?

そんなワクワク感。ポジティブな感じ。

 

今の復興はワクワクしない。だから、人が去っていく。興味が無くなっていく。風化していく。 「支援、助けて、辛い、大変、被災、孤立、孤独」という言葉が多いのが今までの復興。だから、みんな関わるのを避けます。だって、ネガティブワードばっかりだもん(笑 

 

ネガティブをポジティブに。 復興には今、転換が必要です。誰かが何か変えないと、復興は間違いなく風化して終わりをむかえます。

 

今回、改めて色んな漢字を調べてみました。

 

復旧:壊れたり、傷んだりしたものを、もとの状態にすること。また、もとの状態にもどること。
復興:衰えたものが再び盛んになること。

マイナスをゼロに戻すのが復旧。ゼロをプラスにするのが復興。
復興は盛んになること。そう、元気になることなんです。ネガティブをプラスにするこの転換が必要。それが本当の復興です。復旧から復興へ。この転換するきっかけが必要なんです。

「興」という漢字の意味には、おこる、おこす、楽しむ、楽しみ。の意味もあるんです。

 

そうだ、復興をお祭りにしよう。みんなで楽しむものにしよう!復興には、その発想と関わり方の転換が必要だったのです。

そう思ってから、すごく気が楽になりました。 復興はやっぱり今からなのです。

今まではマイナスをゼロにした復旧。今からがゼロをプラスにする、本当の復興の始まりなんです。

 

日本は災害大国、その中でも、東日本大震災は国難と言われています。その国難を打破するには、日本人が大好きなお祭りの力が必要です。

 

岩手、がんばれ!
宮城、がんばれ!
福島、がんばれ!

みんなでわっしょい、わっしょい!

そんなわくわくするお祭りの力が必要です。 神輿を担いで盛り上げる人、それをみて応援する人が必要です。

悩んで悩んで、この一年ぼくはみんなの復興のみかたや関わり方を変えたくて、動いてきました。そこには、この「お祭りの力」、新しい風が必要だったんです。
そして、それには国や行政だけではなく、誰かがリーダーシップをとる必要があるのです。そのリーダーシップを取るのは、自分。  今、何かを変えないと!、そう一番、感じている自分から、もっと、もっと声を上げていくべきなんだと改めて気づきました。

 

これから復興は大きく3つを変えていく必要があります。全然違う発想とアプローチが必要です。バカじゃない、お前。って言われるかもしれませんけど、復興とはそれくらい大きなこと。今のやり方やっても変わらないんです。そして、誰も今、正解をもっていません。

 

1つが復興の「空気」。 ネガティブなものを少しずつポジティブにしていく必要があります。楽しくないとみんな離れていってしまいます。だから、お祭りの考え、新しい風が必要です。

2つめは新しい人。これまでの人と一緒に、新しいものを考えてチャレンジしていける人や団体が必要です。既存の考え方やルールに縛られている限り、復興は難しい。全く違う人が復興に関わる必要があります。

3つめは自由な民間資金。中長期に復興のために自由に使える資金が必要です。国や行政のルールに縛られず、単年度予算ではなく、中長期で使える資金。仕事を作る、産業をつくる資金。しかも、ソフト事業などの目に見えづらいけれど、大事な活動への資金提供が必要です。

 

この3つを変えるために、今年はとにかく動いてきました。特に1と2、復興の空気とプレイヤーを変えるために、きっかけバス47をやっています。3の資金は今、企業や財団に話をしている状態です。これも空気を変えていかない限り、本当に難しい。でも必ず資金集めて実現させます。

 

特に3年と言うのは1つの区切り。これまで復興に関わっていた人も、3年を区切りにやめたり、関わり方を考えるタイミングです。そして、実は大人が忙しくなって、関わりづらくなっています。だけど、学生や若者はまだまだ復興に関わりたい。 新しい復興へのプレイヤーとしての未来を担う若者。新しい発想をもつ若い世代が復興に関わることで、東北で新しいものが起こり始めます。若者が積極的に関わり、それをサポートする大人。そういうお互いにムリの無い関わり方が、これからの復興には必要です。

 

こんな背景から今年、私はきっかけバス47に懸けてました。きっかけバスの目的は、全国47都道府県から学生が被災地へ応援のバスをだすことです。

3年を前にもっかい東北盛り上げよう、日本中で応援しよう! そして、風化、風評の二つの逆風に苦しむ被災地に、復興の「旋風」を巻き起こすことです。そう、旋風という名の、新しい風。お祭りのようなワクワクする感じが必要なのです。

 

復旧から復興へ。
マイナスからプラスへ。
ネガティブからポジティブへ。

そんな復興が転換する「きっかけ」が3年を迎える今、本当に必要です。

実は今、きっかけバスが本当にピンチです。学生たちが被災地に行くための、資金が全く集まってません。

このままだと、半分以上のバスが出せません。全国の大学生が被災地の復興に関わる「きっかけ」が無くなってしまいます。復興が転換するきっかけが作れません。

 

集めきれてないのは、私の力不足です。これはもう、正直に書きます。ただ、必死にやっても、必死に頼んでもダメなのはわかりました。なので、ここから空気を変えます。良かったら一緒に寄付集めに関わってほしいです。特に大人のみなさん、ぜひ関わってほしいです。

 

きっかけバスを出す、寄付集め。 ここから復興の空気を変える、お祭りにさせてください。

47都道府県の助けあい寄付祭りです。お祭りでわっしょい、わっしょいで、みんなで資金を集めて、バスを全国から出したいです。寄付を集めることで、復興の空気を一緒に変えてもらえませんか?

 

お祭りにすることで批判もあるかもしれません。ですが、きっかけバスの学生たちを見ていると、本当に楽しそうに復興に関わっています。全国の若者の元気と笑顔が被災地に届けば、間違いなく空気が変わります。今、メディアがいっぱい取り上げてくれます。きっかけバスからメッセージを、復興への関わり方を変えたいんです。そして、若い人たちの頑張る姿に、日本の未来を感じてお祭りみたいにワクワクするはずです。そして、これに共感してくれる学生たちは47都道府県全てに合計2000名、集まっています。あとは資金なのです。今、大人のみなさんの協力が本当に必要です。

 

この活動、ぼくは1人になっても、やりきります。東北の復興も、日本のこれからも諦めたくありません。国難といわれる東日本大震災、3年を迎える、今、ここで変えていかないといけない。今、全国を巻込んで新しい風を起こす、きっかけが必要なんです。今度の3月11日を逃すと、復興が風化して収束していきます。日本の地域が変わるきっかけもなくなります。それくらいの国難です。復興にはチャレンジが必要。誰も復興の答えをもっていないのなら、誰かが何かを言わないといけない。新しい復興の在り方を誰かが声をあげてやり始めないと変わらないのです。

 

ぼくは「お前、バカじゃない!?」 って言われるのが怖かった。何より、自分にできるのか。。。 っていうのにビビってました。 ただ、やっぱり誰かが声を上げないといけないんです。復興を進めるには、全然違うやり方、発想で変えないといけないんですよ。答えなんて誰も持ってない、それは復興が未来を創る話だから、正解なんて今はないのです。だから、最後の最後、覚悟を決めてブログ書いています。批判されても多いに結構。ぼくはやりきります。日本全国、きっかけバスに巻込みます。新しい風が必要なんです。誰かがビジョンを示さないとダメなんです。

 

良かったら、みなさんもこの祭りに参加してみてください。

あなたの5000円からの寄付が、復興の空気を変え、勢いを作り、祭りを盛り上げます。全国47都道府県から被災地に元気な学生たちが訪れます。 そのムーブメントを作って、復興がかわるきっかけ、日本が変わるきっかけをみんなで作りたいです。 アクションはたった1つ、5000円からの寄付です

1人1人のアクションは小さいけれど、それが集まれば集まるほど、風が吹きます。そうやって、みんなで風を起こして変えていきます。

ぜひ、みなさんも一緒にこのお祭りの神輿担いでもらえると嬉しいです。ぼくは復興をかえる「きっかけ」を若い世代、学生たちと一緒に必ず作ります。そこから、日本中が助けあう仕組み、人生懸けて創り上げますのでよろしくお願い致します。

 

47都道府県、きっかけバス寄付祭り

 目的:47都道府県から被災地へ応援のバスをだす、きっかけバス47の資金を全国で集めること。あわせて、みんなの小さなアクションで復興に新しい風を起こすこと。
目標金額:各都道府県 400万円、合計 2億円
期限:2014年3月11日
寄付の使い道:きっかけバス47の活動費用に充てます。集まりすぎた場合は、来年度のきっかけバスの活動に使います

主催:公益社団法人 助けあいジャパン
責任者:代表理事 野田祐機

 

寄付は銀行振込、クレジットカード、JALマイレージから可能です。
寄付はこちらからhttp://kikkakebus.tasukeaijapan.jp/donate/

きっかけバスについての実績はこちら

お願い

合計2億円と書くと突拍子もありませんが、各都道府県で400人、1万円寄付いただける方を募集しています。 5000円の寄付だと800人です。 都道府県で大人が400人以上集まれば、復興の新しい風は絶対起きます。人が集まり始めれば、必ず大きな旋風が起き始めます。
共感頂ける方は、寄付とぜひ、地元のお友達にぜひお声かけお願いします。

 

進捗は  下記のサイトにてアップデートしていきます。
1. kikkakebus.tasukeaijapan.jp
2. きっかけバス47 公開グループ

応援、ご批判は、直接、私、野田祐機までお願い致します。
Facebookコメントまたは  mailで yuuki[at]tasukeaijapan.jp まで

 

Facebook、Twitter、google+の拡散もぜひお願いします。ぼく、インターネットの力、人の力、やっぱり信じてます。共感してくれる人は日本に必ずいると信じてます。

僕と一緒にこのお祭りの神輿、一緒に担いでもらえると本当に嬉しいです。復興には今、新しい風が必要です。 どうか、みんなの力、ぼくに貸して下さい。