東北3県視察ツアーに行ってきました

 

久しぶりにブログを書きます。前回、書いたのが誕生日だから、ほんと久しぶりです。

近況、報告をかねて書いていきます。先週の金曜から今日まで4泊5日で岩手、宮城、福島を車で回る視察ツアーにいってきました。助けあいジャパンでいってきました。いろんな場所に泊めてもらい、雑居寝もしました。人が運転してる時に、疲れてよく寝てました(笑 やっぱり車はちょっと疲れた、だけどめちゃくちゃ充実したツアーでした。ご一緒させていただいた石川さん、板谷さん、新沼君、中島さん、向こうでお会いした皆様ありがとうございました。

 

震災から1年3ヶ月経った東北を周り、それぞれに違うことが起きています。復興の状況も違います。人の気持ちの部分も違います。そんなことがわかった視察ツアーでした。 お会いたかった人に会え、滅多にみれない瓦礫の処理施設も見ました、福島で除染のことも学んできました。 消化するには少し時間がかかりそうです。でも、東北3県すべて回ったことで、これまでの点が線になってきた気がしています。

 

色々書くと長くなるので、今回心に残った言葉をひとつご紹介します。

初日、岩手県の宮古でお会いした方の言葉。その人は、宮古に生まれ、東京で仕事をし、今は地元宮古で復興にむけて活動されています。もちろん、うまく行かない部分もたくさんあるようです。

宮古は言ったら東北の田舎の街。 そんなとこに住む彼女が行った言葉が
「何もない街だと思っていた。でも、今はこの街が一番好き」という言葉。今振り返っても、今回のツアーをすべてを表すような言葉でした。

 

震災がきっかけで、新しい地域の形、これまでにない人のつながりが生まれてきています。東北を回ると、そのようなことをたくさん感じました。 東北にはまだたくさんの瓦礫がありました。壊れた家もたくさんありました。チャレンジもいっぱいあります。でも、岩手、宮城、福島を回って見えたのは、やっぱり人のつながりのすばらしさです。人と地域の強さです。何もない街だったのに、今は昔と違う。その違いが私には何かはわかりませんが、助けあう素晴らしさやつながりの力だとわからないながらに感じています。

 

自分には東北で被災されたみなさんの気持ちはわかりません。本音の話、大変な部分をお話していただいた方もいらっしゃいました。すべて自分に解決できるとは思いませんが、できることを続けていきたい。 本当にそんなことを思ったツアーでした。

読んでいただいている皆さん、復興の今は刻一刻と変わっています。その時々に合わせた支援を続けていきたいと思っています。今回のツアーの写真は助けあいジャパンのこちらで見れます。よかったらぜひ。

最初の写真は、陸前高田の奇跡の一本松の前に止めたレンジャー号。この車で4泊5日、東北3県を回ってきました。 今回の視察ツアーに行った理由とその結果はまだ秘密w (もったいぶりますww)

その話は時期が来たらまたブログに書きます。どうぞご期待くださいー!

 

福島に行ってきました

いきなりですが福島からの帰りの新幹線ではずっと寝てました。東京について、涙がでそうになりました。体も疲れてる、心も疲れてる。ご飯を食べて、家でお風呂にはいってようやく元気が出てきました。
センシティブな話なので、この記事をブログに書くか迷ったのですが、facebookのノートではなくブログにかきたいと思います。写真は上のものだけ、被災の写真はのせませんので良かったら読んでみてください。

おとといから東北にいってきました。木曜の夜に夜行バスで仙台へ。金曜日は助けあいジャパンの情報レンジャーのみなさんに同行させていただき、一泊して、今日、仙台から海岸線を通って福島まで視察にいってきました。友人の天野さんと一緒にガイガーカウンターも持って車で行ってきました。

仙台から福島までの海岸線。津波の被害を見ました。私も天野さんも陸前高田や南三陸を見ていたため、津波の被害や光景には少しだけ慣れていたところがありました。
最初は「ここまで水が来たんですね」とか「ここは前は線路だったんですね」とかという話。 途中で山元町の小学校にも寄る。
体育館の建物はあるものの、中は壁が落ち、津波の被害が大きかったことがすぐわかる。校舎も残っているが2階までぜんぶ水に浸されていたのが確認できた。校庭にはたくさんの車が山積みになっている。少し片付けて、あとはそのまま。 そんな状況だった。

海岸線を通り、相馬の港へ。 復旧中のためもちろん立入り禁止。 近く海岸線を進むと右手には被災した家が並び、左手には海が見える。この海は去年までは海水浴場だったようだ。しばし、ベンチに腰をかけて、静かに波の音、潮の香りを感じる。 海から来た津波が街を破壊しているのに、今はすごくおだやかな海。なんともいえない感情だった。

その後、しばし車を走らせ、昼ごはんをいただく。復興丼のホタテ丼を食べる。
陸前高田で購入した復興Tシャツを着ていたからなのか、お店のおばちゃんが話しかけてくれる。
「お兄ちゃんたち、どこから来たの? どこかに泊まってるの?」 そこから、いろんなお話を伺う。街には人がいない。車もほとんど通らない。人がくるだけで嬉しいみたいだった。 確かに運転しながらすれ違う車は少ない。
漁業も農業も壊滅的なダメージを受け、仕事が無い。 これからのことを考えると不安になる人が本当に多いようだ。
福島は宮城や岩手とは全然違う。 このときそう思ったのだが、ここはほんとに序の口だった。ちなみにこれまでガイガーカウンターの数値は0.3 mcSv/hを超えることはなかった。(東京でも0.1-0.2 mcSv/h) 年間に換算して2.4ミリシーベルトと、世界的に浴びる放射線量とかわらない「普通の放射線量」のレベルだ。放射線についてはこちらこちらを

さらに車を走らせ南相馬へ入る。山を越え、家やお店がでてきたので、
「コンビニあったら寄りましょうか?」と天野さんと話をしていた時、お店がしまっていることに気づく。急いで車を止め、近くまでみると、ガソリンスタンドもコンビニもホームセンターにも人がいない。
ホームセンターに関しては、外にレンガや肥料、脚立がそのままの状態。近くの畑には車が当時の状態で陥没している。

時間が止まっている。この言葉の意味がはじめて分かった気がした。もちろん、近くの民家にも人はいない。 街はある、だけど人がいない。それが福島の状況だとも気づいた。車でいけるところまで行き、警察のバリケードのある立入り禁止場所で引き返した。この立入り禁止の場所でのガイガーカウンターの数値は1.0mcSv/h(8.96ミリシーベルト/年)だった。人が年間で許容できる放射能量はだいたい20ミリシーベルト/年 とされているので、他の場所よりは高いものの、それほど高い数値ではない。

海岸線から福島市に車は向かう。ここから、ガイガーカウンターの数値は局地的に1.0mcSv/hをこえるところもあった。途中、最高で2.0 mcSv/hを超えるところがあり、ガイガーカウンターがなり続け、表示も赤くなる。 年間で20ミリシーベルトを超えると危ない放射線量ではあるのだが、短時間であればそれほど影響はない。 しかし、鳴り響くガイガーカウンターの音、目に見えないという恐怖が車の中にはあった。

走り続けても民家に人はいない。地震で崩壊した家も途中に何棟もあった。震災のときからそのまま。 少しは片付いているものの、1年たってもこの状況、宮城や岩手とは少し違う放射能の影響というものが肌で感じることができた。
車で走る距離はそうとうのもの、その間にも1.0mcSv/hを超えるところはたくさんあった。除染の基準がこのレベルだとすると、除染にかかる期間、費用は相当なものになる。 車の中は自然と無口となっていた。

福島市が近づくにつれて、車も多くなり、コンビニも空いている。人がいるって嬉しいものだ。
建物はあるけど、人がいない。人の気配がない場所を通るたびに、ひょっとして将来の日本の田舎はこうなのか? といらぬ心配もした。

改めて書くが、立入り禁止地域にはいらなければ短時間の放射線は体に影響は少ない。それでも、自分は鳴り響くガイガーカウンターが怖かった。

最初に書いたが、福島から東京までの新幹線ではずっと寝ていた。体も疲れていたし、頭も混乱していた。 東京について起きた時に、怖かった。それは、あの光景、事実をしったときに、どのように立ち向かって支援をすればよいのか? という、福島の問題は途方もなく大きく感じたからだ。 事実、除染の範囲は広いであろうし、一度人口が流出したあの街に人々の活気が戻るには10年、いやそれ以上かかるのかもしれない。そんなことを考えると、怖かった。

でも、自分の周りにはそんな東北の課題に立ち向かっている人たちがいっぱいいる。瓦礫の問題も除染の問題も、雇用も地域の活性についてもだ。
一人ではできない。だけど、今こそ日本として、日本人がみんなで課題に取り組む必要があると思った。 大きなチャレンジだと思う。ほんとに大きい。みんな一人ではできない。ボクもできません。 今日、横に天野さんがいてくれてよかった。助けあいジャパンのみなさんがいてくれてよかったし、自分にはそんな仲間がたくさんいることが嬉しくなった。

東北が被災した。宮城も岩手も福島も、それぞれに状況は違う。人にフォーカスすると、東北にいる人たちそれぞれに状況は違う。 ひとくくりにエイヤー!で解決策は絶対でないし、日本が真剣に取り組むべき課題だと感じています。

あえて、ブログに書いたのには、少しでも現状をお伝えしたかったから。そして、やっぱり力を貸してほしいです。東北の人も、支援している人も、自分自身も、一緒に取り組む仲間が必要です。ことの大きさに改めて私は打ちのめされかけました。そんな時、石川さんからもらったメールが泣くほどうれしかった。 一緒にがんばろう。その言葉に人はどれだけ勇気づけるのかを学びました。

読んでいたいているみなさん、良かったら復興支援、これからもよろしくお願いいたします。
自分も微力ながら取り組み続けます。時間はかかるけど、よかったらみんなで助けあって一緒にやりましょう。助けあいジャパンも続けます。

読んでいただいてありがとうございました。 また、明日からがんばります。

4月9日を終えて-東北から帰ってきました-

帰ってきました。4月6日に東北に出発したクリエイティブの可能性 春合宿。

今日のうち、家に帰る前にいまの思いを記しておきます。

ありがとうございます。今、色んな人の顔が浮かんできます。参加してくれた41名のメンバー、
支援をいただいたみなさま、JTBの橋本さん、菅原さん。粋な運転手さん。

石川さん、辰濃さん、裏部隊の
しんやくん、大地くん、ふっきょん、ゆかちゃん。一緒に来てくれたスージー、そして中島明さん。

みなさん、本当にありがとうございます。

伝えること。続けること。大事ですね。

今回のことを書くのは時間がかかります。少し休んできちんと書きます。

去年のクリスマスに冬合宿が終わって、この春合宿をやることが決まって、この4月9日が不安でもあり、楽しみでした。
一つの節目であるこの合宿から
どんな思いで自分は帰ってくるのかな?って

今日、その4月9日が終わるにあたって、やっぱり色んな人の顔が浮かびます。
色んな人に助けてもらって今回の合宿ができていること、自分が生かされてること、自分が本当に大事にしていたことが見えてきました。

自分のことだけですいません。

少しゆっくり休んで、また走りだします。きちんとまとめます。

参加者のみんな、無事に帰れたかな? みんな、最後のチェックアウトで伝えきれなかったとこもあっただろうけど、ブログやFacebookで続きはまた。集まれる人は集まりましょうね

クリエイティブの可能性、伝えましょう、続けましょう。
みんなでがんばって伝えて、夏につなげていきましょう。

今日までみなさま、本当にありがとうございました。少し休んで、また走りだします。

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写真は最後にバスを降りる直前の車内。みんなとこのバスで行けて本当によかったです。

東北春合宿、支援金が100万円を突破しました

今日はご報告があります。
先日からご案内しております、クリエイティブの可能性 春合宿。今週の金曜日の夜から行く 3泊4日の東北へのボランティアツアーです。

4月3日、今日の時点でこの合宿への支援金の総額が100万円に到達しましました!!
支援をいただいた方にはこの場をお借りしましてお礼を申し上げます。

この支援金ですが、学生の参加費用 35,000円にあてさせていただきます。今回は南の端鹿児島から参加する学生がいます、西の端の長崎からも参加してくれています。高校に入ったばかりの学生も参加します。交通費に加えて 参加費用を合わせるとやはり学生には大金です。支援者の方からいただきましたこのお金は 学生の参加費用の支援として充てせていただきます。

今回の支援金ですが、50名以上の方に支援していただいています。若い学生の方も 一口だけですが。。といって支援いただいています。さまざまな方に支援を頂く度に、本当に嬉しくなります。みなさんの思い、いろんな人の顔が浮かんで、メンバー一同良い合宿にするぞ!と勇気をもらえます。

本当に心から感謝しております。 学生の方の 1口だけですが。。。という金額ではなく、そのお気持ちが本当に嬉しいです。
重ねてですが、お礼を申し上げます。

この合宿、参加した学生の方、若い方にボランティアを通じて、いろんなことを感じてもらい、東北の復興のため、日本のため、そして自分自身のために何ができるかを考えてもらう機会になるように企画しています。

このクリエイティブの可能性も、2011年の夏合宿、冬合宿と続き、今回は3度目の春合宿です。「学生の方に勇気を持って進んでもらうきっかけになってもらう。」そこには企画しているメンバーだけでなく、支援をいただいているみなさまの思いもあることを感じています。参加者、支援者、企画のメンバー、さまざまな方と一緒に作り上げる合宿です。私もファシリテーターとしても最善を尽くしたいと思います。

そして、この活動の輪をひろげたい。次につなげていきたいと思います。今回で終わりでなく、次の合宿にもつなげる。さまざまな方の思いをうけて、そう思っています。

春合宿は2日後の金曜日から。無事に活動してきて、4回目の合宿にもつなげたいと思います。

引き続きご支援をどうぞ宜しくお願いいたします。

※寄付は下記の口座で受け付けております。入金頂けましたら、確認のため、Facebookの野田 祐機宛までメッセージを頂くか、info@learnbydoing.jp にメールいただければ幸いです。

三菱東京UFJ銀行・笹塚支店(138)・普通 0122475

名義:ノダユウキ

*いただいた支援金の繰越金は次回の合宿に充てさせていただきます。

合宿についてはこちらの記事を

一年経って東北へ -ボランティアバスを出します-

4月6日から9日まで東北に行ってきます。前回記事にも書いたとおり、ボランティアと対話を繰り返す クリエイティブの可能性 春合宿にリーダーとしてです。

クリエイティブの可能性について

このクリエイティブの可能性は、デザインやプロモーションなどの幅広い広告、クリエイティブな事業を展開されている石川淳哉さんから始まりました。広告やデザインなどの経験を「クリエイティブの可能性」と題して京都の学生に講師として教えられていた石川さん。 震災の後、その京都の学生から連絡があり、「この震災に対して、私たちに何かできませんか?」 という思いで、教え子の方と夏のボランティアに出発されました。

現地でボランティアをし、現地の方にお話を聞き、夜はみんなと対話を繰り返す。 東北で何を感じるのか? 五感全体で感じることを一生懸命受け止め、言葉にしていきます。 言葉にできないことも、感情を抑えきれずに涙する人もいます。 ボランティアを通じて、被災地そして自分自身と本気で向き合う合宿。夏合宿が終わり、そこでの出会いで会社を作った人もいます、新しい活動をはじめた学生もいます。

 夏合宿の参加者でもある、中島明さんは冬に同じ合宿を実施しました。夏に参加したみんなの、「もっと東北に行ってほしい、この合宿に参加してほしい」という思いを受けて。

私は夏合宿のことは知っていました。行きたかったけど、都合があわずに冬合宿に参加。そこで学んだこと、出会った仲間、そして、もっと他の人にも東北を自分の目で見てもらいたい、この合宿を体験してもらいたい。 その思いで、夏の石川淳哉さんから、冬合宿の中島明さんへ。 そして今回、春合宿のバトンは私が受け継ぐことになりました。

ボランティアに行く。 それだけではありません。

若い人にいろんなことを感じてもらい、自分自身と向き合い。これから何ができるのか? 同じバスにのり、同じボランティアを体験する。夜には本音で全員が語り合って、これからの復興、そして日本のためにできることを考える内容です。参加した学生は変わります。 一人一人が被災地を五感で感じ、自分自身と向き合うことで心を動かされます。自分達でできる活動を始め、東北、日本のために自分達ができることを一生懸命に取り組んでいるのです。

夏合宿に参加した小林大地。合宿のあと毎週のように東北に通い、7万本あった松が津波に流され、奇跡的に残った一本の松。この奇跡の一本松を鎮魂のためにクリスマスにライトアップ。テレビにも取り上げられ、新聞の一面にも掲載されました。
東北で出会った、あの人のために何かやりたい! その純粋な思い、それが彼を変えていったのです。

冬合宿に参加した福田恭子。 本当におとなしかった女の子です。彼女は冬合宿の帰りのバスで、東北のために行動することを宣言しました。 本当におとなしかった女の子が、みんなを巻き込んで今度の春に東北の人のために場作りをします。大人しかった子が変わっていくのです、いつのまにかリーダーシップをとりはじめるのです。

一緒にいった学生はそんな二人のようにアクションをとれずに悩む子もいます。 何であの子にできて、自分にはできないのだろうか? と。 でも、そう悩みながらも、顔つきが変わっていきます。みんな少しずつ前に進んでいるのです。できることをやりはじめているのです。

いきなりChange する子もいれば、少しずつ変化する、Shift していく子もいます。一人ではできない。だからみんなで助け合って、励ましあって、少しずつ自分ができることを進めています。少しずつ若い人みんなが変わっていくのを目の当たりにし、大人達も変わっていくのです。

同じ時代に生まれ、同じ国に育つ。

その時、生まれ育った国で震災という、これまでにない出来事が起きました。多くの人の生き方、価値観、多くのものを変えてしまった3月11日の地震と津波。

何が変わったのか? 自分に何ができるのか?
このことに真正面から向き合うこと。 それがこれからの明日を担う若者に大きな意味を持つと信じています。 テレビやネットでは伝わりきれません。現地に行って、五感でもっと感じてほしい。その思いで私は今回、3回目の合宿のバトンを受け継ぎました。 未来を担う若い人に東北に行ってほしい、ボランティアをつうじてありのままを受け止め感じてほしい。 それが必ず、明日の復興、しいては日本のためにもなる。 そう信じて企画しています。

今回の春合宿、最年少は中学校を卒業したばかりの女の子です。九州の長崎から参加してくれる子も、アメリカから日本に帰省して参加する子もいます。若い人たちにとって、参加費の3万5千円というのは安い金額ではありません。

読んでいただいているみなさま、どうか、この合宿に共感していただけましたら、学生に支援の寄付をお願いいたします。東北は遠いです。そして、学生に3万5千円は大金です。もしよければ交通費のサポート、参加費のサポートの寄付をお願いします。 参加した学生にはきちんと報告をしてもらいます。次につなげてもらいます。 お金が余ったら、必ず次回の合宿も実施します。

若い人を東北に。 仕事で東北に行くのが難しい社会人のみなさま、どうかみなさんの思い、復興への思いを、未来を担う若い人に託していただけますと幸いです。この活動に共感していただけましたら、一口5000円からの寄付をどうぞ宜しくお願いいたします。私が責任をもって連れて行きます。

 みなさまのご支援、どうぞ宜しくお願いいたします。

 

※寄付は下記の口座で受け付けております。入金頂けましたら、確認のため、Facebookの野田 祐機宛までメッセージを頂くか、info@learnbydoing.jp にメールいただければ幸いです。

三菱東京UFJ銀行・笹塚支店(138)・普通 0122475

名義:ノダユウキ

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