復興×新卒採用の話

いやー、嬉しかった。 とにかく嬉しかった。

久しぶりに心から嬉しくなり、なおかつ、1つの節目を超えた気がしています。

昨日、復興に関わる大学生と新卒採用のイベントを開きました。
プレスリリースはこちら⇒新卒採用の新しい形~復興に関わる大学生の逆求人イベント 第1回目は5月23日に麻布十番にて開催

このイベントはひょんなご縁からはじまりました。ちょうど1ヶ月ほど前、就活サービスをされているi-plugの中野社長と打ち合わせ。「東北復興に取り組む大学生の就活を応援したい」。そんな話をしたところから、復興にとりくむ大学生と企業をマッチングすることが2社でスタートしました。

背景には、きっかけバスに関わってくれた大学生たちです。
昨年の9月から3月まで全国のリーダーとしてがんばった子たちが、3月まで復興に本気で取り組んだからこそ、就活のスタートが遅れてしまっています。(すべての子がそうではないけれど)

特に一生懸命やっていた子こそ、本気だったし、そこから得たものも大きい。就活の準備も忘れるくらい、復興に関わったからこそ見えた物があり、大きく成長した子がたくさんいます。普通の大学生とは全然違う。やる気も志も、行動力もすごくある。こんな大学生だから、就活したらすぐに内定が決まるもんだと思っていました。でも、これがちょっと違ったんです。

遅れて就活し始めた子が、全然内定が決まらない。東北のために一生懸命やって、リーダーシップもものすごく発揮した子が、1ヶ月も2ヶ月経っても決まらない。その間、彼らの覇気が消えていってる。

「えっ、あんなに元気だったのに! こんなに優秀なのに!」って、ぼくがビックリするくらい、元気な彼ら、彼女たちが就活生になり、内定が決まらず、日々元気がなくなっていってる。

それには2つ理由がありました。

1つは既存の就活では、説明会⇒エントリーシート⇒1次面接⇒2次面接⇒最終面接とプロセスが決まっているため、最初の説明会やエントリーが遅れた子は、どんなに優秀でも企業の採用プロセスにのってこない。 この仕組み、スゲー残念。

そしてもう1つは、きっかけバス47で大きなチャレンジををやったからこそ、大学生の既存の発想やこれまでの価値観とは変わってきている。
本来、就活は社会にでるために、既存のやり方、既存のキャリアにあわせて、内定をとる。ある意味、学生が企業にあわせて、内定をとる。だけど、彼らはそうじゃない。 東北復興という活動、きっかけバス47という誰もやったことないことを達成したからこそ、もう、既存の就活という枠では収まらない。というより、彼らにピッタリの企業ややり方が、周りにない。だから、自分自身がこれからの道をどういっていいかわからない。どんなキャリアが自分にあっているかが、分からない子が多いからこそ、本当に悩んでる。 彼らが特異で優秀であるからこその悩みだと思う。

でも、そんな大学生が既存の就活をしちゃうと、企業からは
「就活の準備をしていなかった大学生」
「自己分析ができてない大学生」
「復興ボランティアをやった、ただの大学生」
「やりたいことを夢見たいに語ってる大学生」
そんな風にみえていたのだと思う。 これ、もう、まったくよろしくない!

そんな中で、企業が優秀な学生を「指名」というやり方で評価する、「逆求人」というスタイルで就活の事業をやっていたのが i-plugさん。学生時代に一生懸命やった大学生を、 既存の就活ではなく、企業がスカウトしちゃう。 まー、新卒のヘッドハントみたいなもんだよね。 それを今回、きっかけバス47のリーダーたちに適応してくれました。

 

きっかけバスの大学生が持つ、志、行動力、未知へのチャレンジ精神と彼らの特性をきちんと評価してくれ、i-plugの中野社長自ら大手からベンチャーと企業を集めてくれました。

昨日のイベントでは、集まっていいただいた企業の方も本当によかった。
きちんと彼らがやった、きっかけバス47を評価してくれているし、リーダーシップがあり、新しいことを作る人材を評価してくれていました。 企業の方のコメント1つ1つ、接し方1つにとっても、きちんと大学生を認めてくれているのが表れていました。

「優秀な大学生ですね」、「みんなプレゼンが上手い」「ユニークで芯がある」と私は何度、人事担当の方に言っていただいたことか。 本当に嬉しかったです。
そして、そんな企業の方が来ていただいたからこそ、就活で覇気のなくなった大学生たちに本来の良さが戻ってきていました。 熱意があり、元気で芯がきちんとある、そんないつもの彼らの良さがきちんと引き出してもらっていました。

 

 

がんばった学生たちが、ちゃんと評価してくれてもらっている。
その結果として、イベントの後には参加者全員にいろんな企業から次のオファーがでていました。参加した大学生、本当に全員にです!これが、嬉しかった。がんばった大学生をきちんと評価していただいた企業の方に、本当に感謝しています。

 

ぼくがずっと、企業さんに彼らの良さを熱く語ってるもんだから、「野田さんは彼らの親御さんみたいですね」って企業さんにも言われてました(笑

でも、これはそうだと思う。 学生たちのがんばったところを知ってるからこそ、就活でその良さをきちんと評価されていないのが 辛かった。その分、昨日は彼らが評価されていると嬉しくて、嬉しくて。ぼくは結婚もしてないし、子供もいないけど、ちょっとだけ親心というのが分かった気がしています。(←そして、今日朝から両親に電話してしまったw) 親心って、なんか納得。

そんなこともあり、最後に挨拶するときに、 1人勝手に泣けそうになってきて。
一緒にやってくれた i-plugさん、参加していただいた企業さん、遠方からも来てくれた大学生。学生も忙しい子もいて、直前に参加してくれたり、協力してきてくれた子もいて。 本当にみんなに感謝でした。

誰かが欠けても昨日のイベントはできなかったし、そこにみんな「想い」があったからこその雰囲気でした。改めて、心から感謝しています。

日本は東日本大震災を経て、少しずつ、少しずつ変わってきています。大学生が復興に関わり、それをきちんと評価する企業がいる。 既存の形ではなく、新しい就活の仕組みもある。そんな枠組みの中で、これからを担う若者には思い切って、チャレンジしてほしい。東北に関わり、それがきっかけで日本の未来をつくってほしい。 それが東北を元気にするし、日本を元気にすると信じて続けていきます。

 

最後に
参加してくれた大学生のみんな・きっかけバスのリーダーたちへ。
みんな活き活きと、そして、堂々として嬉しかったです。 君たちのことをちゃんと見ている人はいます。企業も社会も君たちのことをちゃんと評価してくれています。きっかけバスで新しいことをやったからこそ、人と違う。これまでと違う。そこに迷い、悩むかもしれないけれど、自分自身を信じて、胸を張ってください。

観光庁を巻込み、47都道府県で復興の活動をしたのは君たちが初めてです。みんながちゃんと評価してくれています。そして、今の東北、日本に必要なのは、きみたちのような新しいことにチャレンジし、行動する人材なのです。 困ったときに助けてくれる大人は必ずいます。 未来を信じて、堂々と、君たちらしく進んでほしいと思っています。

困ったらピロやぼくに相談ください。ピロは今回のイベントはずっと想いをもってやってました。誰かのために、仲間のために、東北のために。その想いでやってます。だからこそ、困ったらみんなで助けあいましょう。日本中に仲間がいるんだしね。本当、すげーよ、君たち。 みんな、本当にありがとう。

3人の創業者

 

いつの間にか日付は5月13日。少しだけ報告がおくれましたが、ブログを書いていきます。今日は助けあいジャパンの創業者の話、タイミングもあって、あえて3人の創業者というタイトルです。

 

昨日、5月12日に助けあいジャパンの理事が変更になりました。立上げ当初から関わっていた、会長の佐藤尚之(通称、さとなおさん:写真右)、副会長の石川淳哉(写真左)が退任し、新しい組織体制になります。あわせて、事務所も引っ越しました。

 

プレスリリースはこちら
「公益社団法人 助けあいジャパン」 理事変更・東京事務所移転のお知らせ 

 

今回の理事変更ですが、本当は2012年の8月に私が代表になった時から予定はしていました。組織の若返りで、新しい体制での助けあいジャパンにすることはさとなおさんも石川さんともずっと話をしており、震災から3年が経ち、団体としても一区切りがついて、今回の変更です。

 

会長と副会長。 2人は助けあいジャパンを作った創始者。
この2人が今回、理事から抜けます。これまで通り、会長、副会長という関わりはあるものの、理事権のない顧問という立場で団体運営に関わります。

 

さとなおさんと石川さん。この2人から助けあいジャパンは始まりました。震災の夜、本当に3月11日の夜から、出来ることを模索し、情報発信のプラットフォームである、tasukeaijapan.jpを立上げます。 日本で初めて民と官が連携し、情報発信をするという、これまでにない新しい枠組みでのスタートでした。

 

市民やインターネットができること、民が主導で官と連携してできること、そんな形でスタートした助けあいジャパンは、設立から1年という早さで公益法人に認定。その後は、宮城、福島、岩手で30名近い雇用を生み出し、今年の3月には47都道府県の大学生、1711名が被災地を訪れるきっかけバス47も実施しました。

 

今ではたくさんの方が関わっていただき、きっかけバスの活動でメディアにも取り上げられ、大学生や若い層にも「助けあいジャパン」の名前は広がったと思う。新しい人からするとちょっと会長、副会長の影が薄れてるけど、あのきっかけバスをつくったのも2人なんです。

 

きっかけバスの名前をつけたのはさとなおさん。きっかけバスの元となる3県縦断ツアーを考えたのは、石川さん。ぼくが代表になってすぐ、大学生をなんとか被災地に連れて行きたくて、最初に3人でつくったプロジェクトはきっかけバスだったんです。 だから、きっかけバスが日本全国に広がった時、やっぱり嬉しかった。会長と副会長と一緒に最初のバスをだしたのがすごく懐かしいです。

 

 

そんな2人とあわせて、助けあいジャパンの創始者ともいえるのが、松村光芳さん。通称、marcさん、または松村先生(先生はお医者様)。今日はちゃんと先生のことも書いておきたい。

 

松村先生はさとなおさんの主治医でもあり、助けあいが発足した当初からサポートいただき、団体の監事も引き受けてもらっていました。助けあいジャパンが最初にいただいた大口の寄付は、実は松村先生。この寄付がなかったら、今の助けあいジャパンはない。 それくらい、最初に勇気をくれたのも先生でした。

 

そんな松村先生、2012年から脳腫瘍が見つかり、そんなに長くないことをおっしゃっていました。闘病の中も助けあいのイベントに来ていただいたり、ぼくが相談にいったら快く引き受けていただいたり、いつも助けあいのことを気にかけてくれていました。

 

そんな先生は5月10日に亡くなり、今日はそのお通夜でした。動画や先生の記念の品がたくさんあって、すげー泣けてきました。

そして、先生が亡くなられたのと、会長、副会長の退任のタイミングがほとんど同じで、なんだか意味があるようにも思えてきています。

 

終わり、そして始まる。少し勝手にかくけど、そんなことなのだとふと思った。

 

佐藤尚之さん、石川淳哉さん、松村光芳さん、そして、ぼく。

「人生の全ての出来事がご縁で繋がっている」、これは松村先生の最後の講演会での言葉。震災前だったら知り合うことの無かった先輩の3人。 ステキなご縁でぼくは今、その3人が作った団体の代表になっています。

 

そんな3人の創始者から始まった助けあいジャパンも、2014年の5月で一区切り。理事が代わり、団体も、そして、私自身も新しくメンバーと活動していきます。新しい理事は野村謙次さんと長谷川雄介さん。2人とも若く、復興の現場で熱意をもってリードしていきます。

今の理事や中心のメンバーで震災当時、本当に311からの立ち上がりを知っているのは、もうぼくだけ。震災当時に大変な中、立上げた助けあいジャパンの創業者の想いを、ぼくはこれからもみんなに伝えていく使命があります。

 

松村先生の言葉に下記のものがある。

 

若い君たちに
未来を信じて労を厭わない
迷ったらチャレンジしろ
ほとんどのことは何とかなる
善の力を信じよう

 

これは、松村先生最後の講演会での言葉でした。
「野田君、チャレンジしろ、日本の復興を諦めるな。そして、助けあいを頼む」松村先生はいつもそんな言葉をかけていただいていました。

 

その想いは会長、副会長も同じ。
若い世代が、復興をリードする。それから新しい日本を作る。そんな2人の想いもあって、今回理事がかわるのです。そうやって、ぼくがいつか次の世代へバトンを託す時もくるのでしょう。

 

さとなおさん、石川さん、そして、松村先生、これまでどうもありがとうございました。

終わり、そして、始まる。 そんな震災から3年2ヶ月の2014年の5月。
助けあいジャパン創業者の想い、いつまでも伝え続けていきます。 心からの感謝を込めて。

左:故 松村光芳(元監事)、右 佐藤尚之(会長) 2012年6月11日助けあいジャパン懇親会にて

 

良かったらこちらもどうぞ
松村先生の最後の講演会のお話  人生の全ての出来事が「ご縁」で繋がっている

会長のさとなおさんの松村先生の記事  虫の知らせって本当にあるんだなぁ
副会長の石川さんの松村先生の記事       最後の患者