月別: 2012年 12月月 (1ページ / 2ページ)

いろいろあった2012年の最後は焼肉でしたw 

 

今年ももう残り少し。今年の正月は5年ぶりに実家で過ごします。

振返るといろんなことが変わり、始まった一年でした。そんな一年の最後は年越しそばじゃなくて、アメリカ人の友人たちと焼肉でしたw

30歳という節目でいろんなことがあったこの一年。
さっき焼肉から戻ってきて、イロイロ変わったこの一年のことを改めて書いておきます。

 

 

変わったこと1

BASFを退職し政治の道へ -> 縁あって助けあいジャパンの代表を

今年大きく変わったのは7年務めたBASFを辞めたこと。

学生時代に化学を学び、世界最大の化学メーカーBASFに入社。香港のポジションもほぼ決まっていた時に辞めるという、なんとももったいないことをしています(笑詳細はこのノート

 

退社を伝えたのは昨年の年末。当初は無職をして一年ほどしたら実家の佐世保に帰って政治活動を始めようと思っていました。 政経塾にも受かり無職になる予定だったのが、さとなおさん、石川さんからお話があり今は助けあいジャパンの代表です。復興をやりきって政治家になる予定です。

んーやっぱり仕事を変えるって大きな決断でした。 お世話になったBASFのみなさま、改めて育てていただいてありがとうございました。

関連記事はこちらこちら

 

 

変わったこと2

ブログがたくさんの人に見てもらえるように

昨年の夏から本格的にやりはじめたこのブログ。

1年半で累計25万PV。約15万人がこのブログにアクセスしてくれています。1年半で15万人がこのブログに来たって改めてビックリしています。

別にブログ書いてアフェリエイトやりたいわけではないし、ブロガーとしてはまだまだなんだけど、自分の文書を見てもらえるっていうのは嬉しいことです。文を書く練習としてもこれからも続けていきます。

このブログがきっかけで、togetter社さんから賞をいただいたり、いろんなイベントに呼んでもらったりするようになりました。

あと、はてなブックマークのトップページにのったり、その月のトップアクセスをとったりしたのは嬉しかった。アクセスを稼ぐ記事はなんとなく分かったので、これからはもっとリアルなぼくにしか書けない話を書いて行く予定です。

(ちなみにこんなプライベートな記事でも、最近は少なくとも500人以上の方に見ていただいています。ほんとありがとうございます。)

 

変わったこと3 Windows -> Mac

仕事を退職したことに伴って、思い切ってパソコンをMacにしました。

ソーシャルメディアを通じてお会いする人はMac派が多かったのと、自分の中で変わったことを意識づけるためにあえてパソコンをWIndowsからMacにしました。ちょっとはクリエイティブな考え方をしようと思ってです。

今のところ使い勝手はかなりいい。 iphoneや ipadとの連携も楽で便利。

 

ぼくのMacには写真のように復興のシールをぺたぺた貼ってるんだけど、これは賛否両論ありまして、いいね! って言ってくれる人と「君はMacをただのパソコンだと勘違いしていないか? ジョブズが作ったMacだよ!シールなんて貼るなよ!」と言われることもw

シンプル、クリエイティブなところを目指したスティーブジョブズの意図を理解していないため怒られますが、まずはツールを変えたことで考え方や働き方が変わったので今のところは良し!としておきます。 (appleファンのみなさま、すいませんw)

 

変わったこと4: Camera買いました

さっきのMacと同じ理由ですが、左脳的な考えが得意なぼくは右脳を鍛える必要がありましてカメラを買いました。

デザインとかクリエイティブとか、これまで全くやってこなかったのでここから巻き返せることは無いんだけど、少しはなれておこうと思ってです。

 

カメラを持って外に遊びに行くこともなかったので、これはいい刺激になっています。知らない場所にもどんどん行くようになったしね。  詳細はこの記事

 

変わったこと 5:飛行機 -> 新幹線

 

今年は新幹線にめっちゃ乗りました。 6月以降はほぼ毎週乗ってました。朝の早い便で東北いって、日帰りでもどることもしょっちゅう。もう慣れましたね。

 

前の会社の時は出張で海外に飛行機でいくことが多かった。新幹線より飛行機なので出張の意味合いも今とは違う。で、ホテルも昔は5つ星ホテルに泊まってたわけですが、今はそんなことが予算的にできるわけない(笑

 

海外出張と5つ星ホテルをたまに懐かしくなりますが、今の新幹線やビジネスホテルも楽しいです。あまり細かいことにこだわらないタイプなので、来年も移動も多いでしょうが国内の移動を楽しみたいと思います。

 

(でも、たまに東京でいいホテル見ると泊まりたくなりますw そんな5つ星ホテルの話はこの記事を)

 

最後に

先日、助けあいジャパンも仕事納めをしました。最近はいろいろ難しいことも多く考えることが多かったのですが、一年というスパンでみたら色んなことが進んでいました。

 

去年が「変化」の年であれば、今年は「始動」した年。それを実感しました。

これまでのやり方との違いとの葛藤や、公益法人の代表という立場に悩むこともありましたが、そりゃそうだ。これまでの30年のやり方を変え、これからのために新しく色んなことを始めたからこそ、いろいろ考えることが多かったのだと思います。

なんかそんなことを考えると、いいプロセスに乗ってると思います。
まさに始動した年。 来年はもっと動き出す予定です。

 

2012年、お世話になった皆様、心からお礼を申し上げます。いつも支えていただいてありがとうございました。

さて、残すところあと少し。今年の年末は、アメリカ人と焼肉しておしまいという締めでしたw 年越しそばも食べなければ、ほとんど紅白も見れてないw

まー、今年を象徴する不思議な終わり方でなによりです。(←いいのかw)
では、来年もどうぞ宜しくお願いします!

A Happy New Year !!

眠れない夜、初めての大掃除、そして、いつも出られない同窓会 

 

昨日はえらい疲れていたはずなのに全然寝れなかった。9時に布団に入ったのに、結局12時まで寝れず。そして今日は5時半には目が覚めた。

やばい、もうおじいちゃん並に早起きになっている(笑 風邪も引いてたはずなのに、もう勝手に治ってる。風邪引いてるヒマもないから多分、気合いで治ったのだろう(笑

最近、クタクタになるまで起きているからあまり布団に入るのが早いと寝れなかったのか、不思議な感じだった。寝たいけど寝られない。なんかその間の感情が変。仕事納めだったからか安心したのか、仕事のことも何も考えない、無に近い状態。なんだか珍しい夜だった。感情が少し変だと思うので、イロイロ感じたこの24時間を振返っておきたい。

 

昨日はよくよく考えたら初めての仕事納め&大掃除だったもちろん終わっていない仕事はたくさんあるんだけど、一旦の区切り。

初めての仕事納めと大掃除って、助けあいジャパンになってではなくて、社会人になってという意味で。

前の会社は日本の会社と違う4−3月の区切りではなく、1−12月で動くので、12月が年度の終わりでもありました。だから、一年が終わる=業績の確定ということもあって毎年年末はバタバタ仕事していました。

特にプロダクトマネージメントというポジションををやり始めて、年末のキャンペーンのための在庫確保、キャンペーンプラン作成、社内調整、年末の締めとかで忙しい。

特に業績レポートの責任も持っていたから年末は数字の確定がすごく大変。事業部の役員も社長もアジアの人にも速報のレポート出す必要があったので最終日はずっと数字との戦い。だから、毎年有給もとれず、最後の最後まで働いていた気がする。

 

そんなことを昨日の大掃除の時に思い出していた。

あー去年の年末はレポートあげていたなーってね。 で、去年の年末は上司に退職を伝えた直後。 仕事をしながら、「お世話になった役員の方と年末にこうやって数字の確定作業をするのも最後か」とふと思っていたことがある。

役員の方や事業部みなさん、お元気されているのだろうか? 退社してお礼もできていないので何かしなければ。よく考えたら6月まで働いていたんだった。

なんか一年、はやいな。今年イロイロあったなー。助けあいジャパンもイロイロあったなー。最近、出来ていないことが多いんだけど、一年でみたらいろんなことが進んだ一年だったことに気づいた。

忙しいと目の前のことに捉われがちになるので、できていないことに目がつくが、一年とうくくりで改めてみたら少しずつ進みつつある。年末年始はゆっくりして大きな視点で改めていろんなことを考えたい。

そんなことを考えていたら、夜、地元の友人からメール。
「野田くん、明日の同窓会でるの?」 ってメールだったけど、今年も出れない。。。

 

年末地元に帰るか迷ったけど、明日の30日まで打ち合わせが入っていて、同窓会は今日の夜。 うーん、絶対出れないw

高専のころのクラスの同窓会って、社会人一年目の時に出てあとは出れていない。みなさん、本当にすいません。。。ぼくはこの先、同窓会に出ることはできるんだろうか? 地元にはちょこちょこ帰ってるけど、いつもタイミングが(←ぼくの帰省の期間が短いのもあるんだけどね。)

 

今年は本当に忙しかったので年末のプランを何も考えられていない。予定入れるのもできなかった。ちょっと理由もあって年末地元帰った方がいいんだけど、毎度のごとく飛行機もいっぱい。そりゃそうだ。

新幹線で帰るかバスで帰るか、今日いろいろと考えてみよう。

珍しく今日は本当にやることがない。先週引っ越したばかりだから、大掃除もしなくていい。仕事から頭を完璧に切り替えるため何もしない。
ゆっくりと本や映画でも見たいとおもう。今年も残り100時間を切りましたね。1年をゆっくり振返る一日として、このブログをアップしてスタートします。皆さん、良い一日を。

 

P.S

ブログを書いているのは大崎のスターバックス。TSUTAYAが隣接してるし、朝7時から空いてる。すごく雰囲気がよくてこれから入り浸りそうです。

 

引っ越しをした理由 

三連休に引っ越しを済ませ、大崎に住みはじめました。

さてさて、引っ越しをしたわけですがこれには理由が3つあります。最近はシェアハウスや実家暮らしの人が多いですが、一人暮らしの参考までにどうぞ!

ちなみに前まで住んでいたのは妹と同居で私は4畳半の部屋。その辺りは前の記事を。

 

理由1:引っ越しでちゃんと区切りを付けたかった

こちらは今年の私のカレンダー。
6月以降から予定がガンガン入って真っ赤のところもあります。6月以前の予定は前の会社のスケジュールだから比較は出来ませんが、改めてみるとすごいな(笑
スケジュールが詰まっていてずっとバタバタしています。

 

今年の6月末に会社を退社。5月の半ばに助けあいの代表をやることが決まって、そこからバタバタと動き始めました。5月と6月は二足のわらじでした。
本当は6月以降は無職をする予定だったので、このバタバタ具合にはさすがに想定外。。。 本当はBASFを退社したらゆっくり区切りを付けたかったのにそれもできず。こんな状態だったので、何か自分のスタンスが分からない状態がずっと続いていました。

 

去年家を借りたときは来年の3月には実家に帰ることが前提。

仕事:政治家になる予定が公益法人の代表へ
家:政治家になる予定で家賃の安い部屋(妹と同居)→えっ今は?

と、今やっていることと自分の状況に差異がありすぎて何かよくわからない状態。特に家はパーソナルな部分でおおきな意味を持つので、ここが一貫性がないので改めて区切りを付けたかったのが理由です。

 

理由2.家に自分の居場所がない!→プライベートがない!→珍しくネガティブに!

今日は東京、明日は仙台、その次福島、その後また仙台。 みたいなことが多い半年でした。毎週のように東北に出張に行き、東京にいても帰りがおそい。
家に帰ったらシャワーを浴びて寝るだけ。

休みの日も部屋が狭いのであまり家にいたくない。家にいたくないので近くのカフェとか居酒屋に行ってパソコン開いて結局仕事している感じでした。

そんなことを続けていると自分の居場所がないと感じていました。(本当に!)

ただ寝るだけの家というのと合わせて、プライベートな場所がないとプライベートの時間も無い感じがするんです。そして、珍しくネガティブな感情がたまにでてくるんですよ。ほんと珍しく。

なので、思い切ってガラっと変えてしまおう!というのが引っ越しです。

1.家が狭く自分の場所がない
2.家にいたくない
3.一人の時間がない
4.プライベートな時間がない
5.余裕がなくなりネガティブに(泣

というプロセスを

1.自分の場所となる家を探す
2.家でくつろげるようにする
3.一人の時間が増える
4.プライベートな時間が増える
5.余裕ができてポジティブに!

とまずは場所を定めて変化を起こすのが目的。

 

こういう時細かいところをいじくらずに、大きく変えてしまう方がいいのは仕事で学んだこと。
変化の振り子が大きければ大きいほど変化のあとの結果も大きく振れるので、場所を変えるだけで良い結果につながると期待しています。

 

理由3. 成長には引越して大きな部屋や良いものを

ぼくが最初の一人暮らしをしたのは、佐世保から上京して前の会社に入社した時。23歳の時です。

会社から手当がでるので手当の上限マックスの家賃で、一人で2LDKに住んでいました。 実家は佐世保の田舎の方なので大きい家に住み慣れていたから、贅沢ですがあえて大きい部屋を選びました。(まー会社からお金でるしいいかとw)

途中から家賃手当は無くなり全額自分で払うことになったのですが、大きい部屋から抜けだしたくありません。そうなると、家賃手当の分まで稼ごうと必死になったのです。 給料が倍になったとは言わないけれど、それなりに昇給はしていたし、仕事の責任も増えていきました。ただ、一人で2LDKに住む家賃の出費は大きいので政治家になると決めたら引っ越しましたが。

 

この時に学んだのですが家賃手当が無くなって安い部屋に引っ越していたら、多分いまこんな風にはなっていない。 20代後半からは責任ある仕事も任せてもらっていたのは、やっぱり自分自身で家賃の分稼がなきゃ!と勉強もしていたし、仕事もしていたからだと思う。

 

この「あえて大きな場所にいる」というのは成長に必要なことだと感じています。色んな社長さんのインタビュー見ると、大きなオフィスに移った分仕事をがんばった話が結構でてきます。

また、中国の古典の中には、任官されるまで小さな家に住んでいても、1つだけ贅沢なものを持っていた男の話がでてきます。それを見た武将が「こいつは野心がある」と言って、結局出世したというお話。(誰だったか名前は忘れたw)

 

まー結論から言うと、

・大きな家や良いものを手にするとそれに合わせるように頑張るようになる

ということです。「入れ物が大きくなればその人の器も自然と広がる」的な考えですね。

今回の部屋はそれほど高い家賃ではありません。しかし、これまでの4畳半とは大違い。足ものばせるし、畳の上でくつろげます。満足しています。

 

最後に:引っ越しして思ったこと

書いていて思ったことを最後に。
最近はシェアハウスや実家暮らしの人が多い。確かに先が見えない経済状況だし、若い人がシェアハウスをやるのも、気軽だし、お金もかからないのも分かる。
固定費は下げたいし、仕事も変わるかもしれないしね。ぼくも期間限定だけど、妹と住んだのでわかります。

実家も同じ。 一人暮らしってすごい楽。 家族はいるし、家賃もそんなにはらわなくていいし、ご飯がでてくる時もある。

 

だ・け・ど、
今回改めて気づいたのは一人暮らしするって人生に対して新しい責任を持つ一歩のような気がしています。

固定費が上がるぶんもっと必死で働かなきゃいけないし、そのために努力が必要です。会社はこのままでいいのかな? とか、実家にいてこのままでいいのかな? そういうことを改めて考える機会にもなります。
初期費用もかかるし、家具もそろえなきゃいけない。そういうコミットメントがあるからこそ、今を変えて行くことにつながると思うのです。

居心地がよいところにいても成長はしないし、自分の責任で家を借りるというのは、自分の人生設計や将来に責任を持つことだと感じました。なので、シェアハウスや実家暮らしで、何かうまくいかないな? と思う人がいたら、思い切って一人暮らしをしてみるといいのかもしれません。

 

ぼくの場合は自分の器を広げること、考えを変えることを狙って今回の一人暮らしをスタートしました。これがきっかけで、代表として組織が公益的に貢献し続けることの新しいステージに入ることも狙っています。

 

きっかけは引っ越しただけなんですが、住む場所が変わって私がどう変わったかは来年の年末には結果がでるはず。新居になってパワーアップしていきますので、よろしくどうぞー!

 

この急がしい師走に引っ越します!

なんだかんだともう18日。忙しい12月のこの時期に引っ越しをします。ちなみに引っ越しは今週末から。 全く準備ができてない(汗

 

実は今は妹と同居しています。
昨年政治家になることを決めてから、当時の横浜のマンションから安めのアパートに引っ越しをしようとしていたところ、「都内に住むなら一緒に住もう」と妹から連絡があったのがきっかけ。

去年、私は無職になる予定だったから、とにかく安い家賃で都内で住むことを考えていたので今の家賃は格安。 いい物件を見つけて駅から近いし、2DKで悪くない物件。30にもなって妹と住むのは抵抗あったけど、政治家になるにはお金も必要だし、なりふり構うのはやめて今の家に住んでます。

 

だけど、部屋が隣り合っていることもあって妹は自分の部屋に戻るときに私の部屋を通るし、妹の友達が来たら夜中までめっちゃうるさいw しかも自分の部屋は4畳半。これまでの部屋も大きかったので、狭いのはやっぱりちょっとね。。。

本当は来年の3月には実家に戻り政治活動始める予定だったから、これでもよかったんだけど、今は助けあいジャパンの代表。やっぱり小さな部屋で生活すると、考え方もちっちゃくなるんですよね。
天井が高い家の子供が出世するって言われる意味がわかって、狭い部屋は発想が広がらなくてダメです。。

 

ということで4畳半からの脱出!引っ越しです。本当は来年の三月までは忙しいから引っ越しするのは諦めていたんだけど、年末に大掃除するなら引っ越しするのも一緒か!と思って、えいやーで家を決めました。

10日前にエイブルに行って、紹介してもらった最初の物件が値段の割によかったので一気に決めて、週末に引っ越し。さすがにこの早さには妹もこれにはビックリしたらしく、私はどうしたらいいのよー!って怒られた(笑

ということで、まずは2DKから2LDKの新居に一緒に引っ越し。妹の家が決まり次第、ようやく一人暮らしになります。早く妹を追い出します(笑

 

ちなみに私は今の家に引っ越す時にモノを全部捨てました。 ゼロからやり直すつもりで仕事もモノも捨てたので、家には本と服、パソコンしかありません。

家具買ったり、いろいろお金かかるけど、今年は一気にいろんなことを変えて来年腰を据えてがんばろうと思っています。今年は変化の年なので、最後までバタバタやってますw

新居は大崎。大崎、五反田、目黒でいいお店とかヨガができるところあったら教えてくださーい!ではでは

 

P.S

公益法人の代表は住所が変わるといろんなところに届け出が必要らしい。登記の話やサイトの中でも住所変更しなきゃいけないらしく、パブリックに住所はさらされることにw  事務局長の板谷さん、年末の忙しい時に手続きいろいろすいませんが、宜しくお願いしまーす!

 

政治家になろうと決めた理由とインターネット

もう12時をすぎて今日は12月16日。衆議院選挙の日です。 世論調査通りにいくと今度は自民党が政権をとるだろう。最後の最後までわかりませんが、あと24時間もしたら日本の新しい姿が見える。

 

選挙の今日、ぼくはある講演をします。今、夜中の2時でまだその資料を作っている。改めて震災後を振返る機会となる今回の講演。せっかくの機会なので、震災後に自分がなぜ政治家になろうと思ったかを書いておきたい。

 

政治家になるにはどうしたらいいのか?

去年の夏にある政治家の先生に会いに行った。震災を受けていろんな経験をし、政治の道に進むか迷っていたからだ。(背景はこの記事あたりを。)
政治の基本なんてまったくわかってないぼくは、厚かましくもその政治家の先生に質問をした。

 

「政治家になるにはどうしたらいいですか?」

世間では三バン(鞄、看板、地盤)がないとダメだとか、学歴、コネ、その他モロモロがないとダメだと思っていたので、そういう答えが返ってくると思っていました。

そしたら、その政治家が言ったのは一言。

「選挙に勝て。選挙に勝てば誰でも政治家になれる」

なるほどね。 そりゃそうだと納得してしまった。
でもその選挙に勝つのが難しい。 そこでもっかい質問してみた。

「選挙に勝つにはどうしたらいいんですか?」

そしたら

「野田くん、君は本物の男になりなさい。有権者はこの候補者が本物のリーダーかどうかは見ている。本物は誰が見ても本物だから、細かいことを考えずに君が本物の男になったらそのうち政治家にはなれるだろう」

というアドバイスだった。
本物の男になれ。 本物のリーダーになれ。
その言葉を聞いた瞬間に鳥肌が立った。政治家の言葉がこんなに熱いとはそれまで思ってもいなかったからだ。その一言でぼくはこの人のような政治家になることを決めた。

 

言葉で人を動かす。 政治家とは税金の使い道を決めるとか、法律を作るとか、そういうのではなく、本来、日本のリーダーである。 地域のリーダーである。自分たちのコミュニティーをどうするのか? そのためにルールを作り、社会を変えて行かなければならない。

利害調整や変革が必要であるからこそ、

  • 説明する能力
  • お願いする能力
  • 行動を通じて変えていく能力

が必要だと思っています。リーダーとはコミュニケーション力。説明する力、お願いする力、アクションする力。そしてそれを実現するための仕組みを作る人。
本来はそんな人がリーダーとして政治に関わるべき。
そんな理想論言うなよ。 と言われそうだが、本来政治や選挙とはそういうものだ。地域のことを思い、最後の最後に責任を取るリーダーをみんなで選ぶ。 これが民主主義だし、リーダーは責任をとって地域のために働くから税金が給料で支払われている。それを選ぶのは市民。 仕組みはきちんとしている。

 

じゃーなんで政治がそうなっていないのか? 何で未だに若い人も少ないし、変わって行かないのか?

ぼくもずっと考えたんだが、答えが1つ見つかった。

それは、政治に競争がないから。もっというと、政治家の間に本当の競争が起こっていないから今の状態がある。

 

参入障壁が高い政治家の世界

大きな視点でみると競争が起これば本当に良いものしか残らない。これはどれにも通じる話だ。だけど、政治家には競争が起こりくい。

もっと地域のためにつくしている人はいるし、政治家より政治家っぽい活動家はいっぱいいる。だけど、彼らは政治家にはならない。それは1つには、政治家になるのに参入障壁があまりに高いからだと思っている。

もし仮にサラリーマンが今回の選挙にでようとしたら、

・ 会社は退職

・ 選挙にでるのに300万円

・ 選挙資金に何千万円

といった犠牲や出資が必要になる。

これじゃー、あまりに失敗したときの犠牲が大きい。だから、二世議員や会社経営者とかお金や知名度、地盤がある人が依然として勝ってしまう。
マーケティング的にいうと、参入障壁があまりにも高いから新規参入が起こりにくいのが今の政治、政治家のマーケットだ。(もちろん、いい政治家の方もたくさんいます。実は政治家をしるための市民の参加が少ないのも事実だが、今回はここは分かりやすくするために省略します)

 

新規参入を増やし、競争を促せば市場が適正なものになるのが競争の原理。しかも政治はみんなの民意で動くため、市民がそれを望めばそういうものになるんです。民主主義の仕組みはちゃんとしているんです。

 

この参入障壁を小さくするためにも政治にインターネットの力は必要だと感じている。

  • 地盤がなくてもネットでお金をかけずに支持を得るような政治家
  • お金がなくても共感があって、クラウドファンディングで選挙資金を集める政治家
  • 本当に街のためにやる。それがFacebookのフィードなどで可視化されているからこそ、支持があつまる政治家

こんな枠組みに政治は変わっていくとおもう。何年かかるか分からないけれど、政治が民意を反映させる仕組みでなりたっている以上、必ずそういった政治が必要になるし、この仕組みで政治家がでてくる。

そして、考えれば考えるほどインターネットは政治とすごく相性がいいと思う。場所や時間を選ばす、相手にあわせた形でブログだろうと、メルマガだろうと、Twitterだろうとyoutubeだろうとメッセージは伝えられるんです。

政治家はリーダーである以上、どういう社会にしたいか?というビジョンを伝える必要がある。ビジョンに人々が共感して一票を入れる以上、インターネットは政治のコミュニケーションツールとしてもインフラとしても不可欠だと思う。もちろん、市民の声を聞くのには今はFacebookだってなんだってある。ソーシャルメディアで直接市民とコミュニケーションがとれるのはやっぱり大きい変化なんです。

 

何年かかるかはわからないけれど、だからボクは自ら政治をやってみようと決めた。自分で自ら実践してそれを作っていく、それくらいじゃないと社会は変わらない。そこにはインターネットとソーシャルメディアの力が必要だけど、ぼくはいま30歳、30年かけたらこんな社会とこんな政治が実現できるはず。

1年、2年で変わることはないけれど、30年あったら絶対変わるはず。そう思っています。ぼくのアプローチは政治を変えようと思ったら、政治家を変える仕組みをつくる必要があると思う。そしてそこにはインターネットが必要なんです。

 

政治とは今を変えて、未来を作るもの。未来を信じて、今日は投票に行こう。お酒を飲んだからか、そんなことを選挙の日に思っています。少々生意気なこともいってます。すいません。

書いたらまとまったので、これから講演の資料も仕上げます! 講演は14時から市ヶ谷でやるので、よかったらぜひ。 詳細はこちら

 

P.S
もちろん、政治家になるのは簡単じゃないです。ただ、一票をもらう=アクションをとってもらう とシンプルに考えると、選挙とはB to Cのマーケティングとも言えます。(もちろん、組織票もあるけど)

選挙で若い人が負けるのは、一票をもらう=アクションをとってもらうマーケティングができてないないからだと仮定して自分はブログを一時期がんばった。票=PVということで3,000 PV(3,000票は市議会レベル) 10000PV(都・県議会レベル)100,000PV(国政レベル) の記事を書いてみた。 ブログを読んでもらうのも、票をもらうのも、みんなのアクションをとってもらっているには変わりない。

 

ブログはB to Cのマーケティングそのものであり、自分のメッセージが届かない、読まれるブログも書けないような人には政治家にはなれないと思っています。政治家とはビジョンが重要であり、そのビジョンを伝える能力が必要だからです。もちろん実行力も。

今はTwitterやブログもあるのだから、共感を呼ぶにはどうするか? メッセージを届けるにはどうするか? はインターネットで練習できると思っています。少なくとも私はめちゃくちゃ勉強になった。
インターネットだけで選挙に勝てるの? それだけじゃーもちろん無理だけど、そこら辺は数年後にぼくが選挙にでたら結果がわかりますよ(笑

選挙のことばっかり書いたけど、まずは自分の選挙よりは復興支援がんばります!