東北、夏合宿が始まります!-のむけん、みょんさま、のだゆうきの話-

8月2日から5日、東北でボランティアと対話を繰り返す、クリエイティブの可能性夏合宿が実施されます。

このブログを読んでいただいている方は既にお分かりかと思いますが、このクリエイティブの可能性、春合宿は私がリーダーを務めさせていただきました。
今回この夏合宿のリーダーを務めるのは、友人でもある野村謙次さん。 春合宿にも参加していただいき、今回リーダーのバトンは私から野村さんへわたっています。 今回の記事は春合宿でもお願いしたように、若い人のためにみなさんに寄付をお願いしています。

 

寄付のお願いのまえに-はじまりは石川淳哉さん-

振り返ると、このクリエイティブの可能性 東北合宿は去年の夏に始まりました。京都の大学で教えていた 石川淳哉さんが、教え子を東北に連れて行くバスツアー。タイトルのクリエイティブの可能性は、石川さんが大学で教えていた時の授業の名前。 だから、クリエイティブの可能性 東北合宿なのです。

始めた石川さんは、途中まで迷っていました。 京都からの学生が集まらない。京都から東北は遠く、参加費は5万円以上になります。 なんとしてでも、学生を連れて行きたい! 石川さんはそこから学生の負担が減るように寄付金を集め始めました。詳しくはこちらの記事

 

その時の、石川さんのコメントがもう本気。

すいません、ボクが半端でした! 学生何が何でも連れて行きます、寄付金集まらなかったら自腹切ってでも学生を東北に連れて行きます。 寄付金、お願いします。

確か、こんな感じのコメントでした。

自分は石川さんのコメントを見た瞬間に何かしたくなって、1万円だけ寄付をし、合わせて中島明さん、野村謙次さんと一緒に寄付金を集める相談をしました。

そこで、実施したのが中島さんが主催していたHOPE100での寄付金集め。のむさんと私の二人で2時間もらって、読書と対話のイベントをやらせてもらい、追加の寄付金を集めました。

 

その後、石川さんが主催した夏合宿は成功をおさめます。 中島明さんはその夏合宿に参加され、冬にリーダーとして同じ合宿を実施されました。私はというと中島さんが企画した冬合宿に参加し、その後、春合宿のリーダーを。そして、春に参加した野村さんが、今回の夏合宿を企画しています。

リーダーのバトンは石川淳哉さんから、中島明さん、野田祐機から、今度は野村謙次さんへ。 夏の寄付金集めから中島明さん、野村謙次さんと私はこの合宿に寄付や参加という形で何かしら関わっています。中島さんから私が受け取ったリーダーのバトンを野村さんが受け取ってくれたのも、なんとも不思議なご縁です。

 

 

のむけん、みょんさま、のだゆうきの話

 

さて、ここから3人のお話です。野村謙次さん、中島明さんは私より6歳年上の先輩です。いつも本当に仲良くさせてもらっています。

野村謙次さんは、のむけんをニックネームとして使われています。中島明さんはfacebookの写真が韓流スターっぽくて みょんさまってあだ名になっています( 中島さんすいません笑)

お二人とも優しい方で、後輩やほかの人にもいつも声をかけて輪の中心にいる方です。

振り返ると、野村さん、中島さんとはいろんなところでご一緒させてもらいました。Socialshiftのイベントや、震災後の助けあいジャパンの立上げ、HOPE100、さとなおさん×斉藤さんのチャリティーイベント。私は困った時は必ずお二人に相談しています。自分が東北に初めて行って、初めてどうしようもできないと思った時にこのお二人の顔といつものメンバーが浮かびました。

この1年の濃い時間を共にさせてもらい、大変なこともたっくさんありました。その度に、野村さん、中島さんには側にいていただきましたし、政治家になる時の相談も一番にしました。

これからの人生で、このお二人には必ず頼ると思います。それほど信頼しています。

夏合宿に参加し、冬のリーダーを務めた中島さんは、夏合宿で出会った石川さん、辰濃さんとイナズマという会社を創られました。天と地をつなぐ イナズマ。社会的価値創造集団と書いてありますが、ぜひこちらを見てください。 横で見させてもらっていて、社会の新しい価値はこの会社から生まれると本当に思っています。

 

春のリーダーを務めた私は、さとなおさん、石川さんから助けあいジャパンの代表を受け継ぎました。石川さん曰く、春合宿がきっかけだったそうです。合宿の在り方で石川さんや中島さんとは言い合いもしました。かなり本気で。でも、それがあって本音で話をしたから、私は石川さんも中島さんも信じています。石川さんもだからこそ私を信じていただいて、さとなおさんと共にバトンを託してくれたのだと思っています。

 

今、野村さん、中島さん、私、それぞれにチャレンジの時期です。

野村さんは夏合宿の準備と自分のこれからの道。
中島さんはイナズマでのチャレンジ。
私は助けあいジャパンでのチャレンジ。

 

先日3人で話をして、3人とも正直にテンパってましたw すっごく大変な時期なのですが、私はお二人がいるから頑張れています。

 

3人とも、今すごく人生が変わっている時。
そのきっかけは、このクリエイティブの可能性 東北合宿なのです。

 

お願い

このクリエイティブの可能性は、学生を35人東北に連れて行きます。

東北に学生が行くのは正直に遠く、お金がかかります。 これからの日本を担う学生のために彼らの旅費を安くしてあげたい。これまで九州や大阪から参加した学生もいます。彼らのためにも、社会人のみなさん、ぜひ寄付金をお願い致します。

 

私はこれまで参加した学生がこの合宿をきっかけに変わった例を何度も見てきました。 これからの日本を考える時、東北の復興を抜きには語れません。日本のこれからのために、若い人を東北へ。その思いでこのクリエイティブの可能性は続いています。

春に寄付をいただいた方も、改めてもう一度。 一口5000円から、下記の口座に寄付をお願い致します。みなさまの復興への思い、若い人への希望を託してもらえると嬉しいです。

 

最後に、本当に個人的な話。私は春合宿が終わった時に、大きく変わりました。 在り方も生き方も。今年の夏合宿、参加した学生はこれを機会に変わると思います。でも、一番変わるのはのむさんだと思っています。

この野村謙次さんがどんな合宿を造り、どんな顔で東北から戻ってくるのか、すごく楽しみにしています。 今回の合宿のテーマは、「感謝のチカラ」。復興も2年目で道の途中、その中でどんな活動をし、みんなでどうやってこれからの支援や東北を考えるのか? そして、自分自身とどう向き合っていくのか?

みなさんのお金がムダになる合宿では決してありません。いただいた寄付金は学生の参加費に充てられます。春にも寄付を総額100万円以上いただきました。

またお願いかよwと思われるかもしれませんが、もう一回、寄付を頼みます!

日本を背負って立つこれからの若者と、これからのリーダー野村謙次のためにも、どうぞ宜しくお願いします。
みなさんの復興への希望、日本への希望を託してもらえると嬉しいです。絶対無駄にはなりませんので。

 

振込先
三菱東京UFJ銀行・新宿通支店・普通 0033463
名義:ノムラケンジ

 

P.S
タイトルの写真は5月31日 at dream labo。イナズマの石川さん、辰濃さん、中島さん、野村さんと夏合宿のキックオフミーティング。多分、最初で最後かもしれない、このメンバーでの打ち合わせの時の写真です。

きっかけバス、無事終了! -参加レポートとこれから-

 

7月14日(土)にスタートした、 助けあいジャパン きっかけバス第一弾。
1泊2日の行程を終え無事終了しました。天気もそれほどくずれることなく、岩手、宮城、福島を周ることができました。

まず最初に、参加していただいた20名のみなさま、福島交通のみなさま、関係者のみなさまに、お礼を申し上げます。

と代表理事モードは一旦おいて、ここからは参加者としてこの2日間を振り返ります。長いので写真だけでもどうぞ!

 

初日(14日)

集合は10時に新花巻駅。集合のサインは、上の写真にある黄色のポスター。黄色にバスの絵が分かりやすくって、みんなすぐ集まってもらいました。

その後、みんなにステッカーとネームカードを渡し、ツアーはスタート。

 

 

今回は20名の参加がありました。マイクロバスにみんなゆったりと座り、まずは自己紹介から始めました。男性8人、女性12人。東京からの参加者がほとんどだったが、大阪や地元宮城からの参加者もいた。ほとんどの方が一人参加。 いろんな場所から参加する人がいるのは、現地集合、現地解散ならでは。迷ったけどこの形にしてよかったと思いました。

 

内陸の新花巻から沿岸部は2時間ほどかかります。それぞれの自己紹介を終え、3月11日直後の映像をみんなで見る。 これがあることで、これから訪れる場所がどういう場所だったのか、何が起こったのかがきちんと理解できました。

 

 

ビデオの情報とガイドさんのお話を聞きながら、バスは最初の目的地大槌に到着。ここから、海岸線を南下していくことになります。大槌についたのは12時。まずは海鮮丼のランチをみんなでいただきました。

 

 

今回のきっかけバスの目的の一つは、被災地を訪れそこの場所でご飯を食べ、人にお話を聞く。あわせて、お土産などを買うことで、東北にお金が落ちること。みんなご飯の後におみやげやお菓子をかっていました。

 

 

その後、現地の方に役場、海岸線を案内してもらい、福幸商店街へ。福幸商店街では、知人でもある高橋さんにご挨拶。6月に訪ねてここにある、きらり駅で休憩させていただいたので、みなさんとも再会がうれしかった。

ふと気づくと、福幸商店街が騒々しい。 何事!?? と思ったら、SPの人がたくさん現れる。 なんと、この日は、野田首相がこの福幸商店街を訪れる日だったのです。

せっかくなので、みんなで野田首相の訪問を見学。 近くまで来られたので、ボクも野田です! って言おうかと思いましたが、もちろんそんな冗談をいう隙は全くありませんでした(笑  首相の訪問についてはいろいろあるようですが、それはまた別の機会に。

 

その後、バスは釜石に向かい、水産業で新規事業にて雇用の創出をされているヒカリフーズの佐藤社長にお話を伺いました。 釜石を案内していただき、復興への思いと現地の雇用を生む、新工場を案内してもらいました。 途中から、助けあいジャパンの情報レンジャー号も合流し、取材も。いろんなお話を伺えました。

 

釜石の次は、陸前高田へ。広田半島から海岸線を通って、津波で一本だけ残った高田松原の奇跡の一本松をみんなで見学。

東北にボランティアに来ていた方は、ボランティアだけして帰ることが多く、実際に一本松を近くで見る機会がなかったようです。きっかけバスではそういった声もあったため、ボランティアはせずに実際に自分の目で見て回り、肌で感じてもらうこと、お話を聞くことをメインにしていました。そういったこともあって、一本松の見学は参加者の人には喜ばれました。

陸前高田をすぎるとバスは岩手県から、宮城県へ突入。今晩の宿がある、気仙沼に向かいました。途中に大型漁船が打ち上げられた場所を見学。道路の横に大型漁船。ここは何度見ても、津波の威力を目の当たりにします。 今回のメンバーは震災後、初めて東北に来た方が多く、初日の最後にこの大型漁船はやはりインパクトがあったようです。

 

 

その日の夜は、一景閣に宿泊。海岸線のすぐ近くなので、旅館自体も被災し、周りにはなにもありません。 ですが、部屋やお風呂はきれいな旅館でしたよ。

 

さて、夜は食事もかねて、みんなで気仙沼復興屋台に繰り出しました。この屋台村には、焼き鳥屋、ラーメン屋、地元の海の幸を食べられるお店が並びます。

私はいつもここにくると大漁丸という、お魚料理をだしてくれるお店へ。海鮮丼や特大ほっけなどの定番メニューから、めだまのたたきという漁師御用達のメニューもいただきました。(めだまのたたき、めっちゃうまいです!)4回目の訪問なので、店主のおばちゃんも覚えてくれていて、助けあいジャパンのシャツを着たマリさんと写真撮影。

 

 

飲んでいたらお店で一緒になったサントリーのラグビー部の方と盛り上がって、写真撮影も。こうやって人と人がつながる場所が屋台村。おいしいご飯とお酒、みんなで話すことで元気になります。みんなでがんばろう! 外から来た自分たちもそうなりました。 人と人が東北でつながる。つながりができることで、もう一回この東北に来たくなります。人に会いに行きたくなります。そんなことが形になった、素敵な夜でした。

(ちなみに旅館に帰ったあとも熱いトークは続き、結局2時まで飲んでましたw)

 

 

2日目(15日)

 

さて、二日目は小雨の中スタート。前日の懇親会でメンバーの間は緊張がほぐれ、車内はリラックスした雰囲気へ。この日は宮城から福島に入るので、きちんとガイガーカウンターで放射線量をはかり、バスをだしました。

2日目、最初の場所は南三陸町。今回のツアーのなかで陸前高田と並び、被害が大きかった南三陸町。海岸線を通って、防災庁舎の前でしばし見学。

 

「言葉がでない」 みんなまさにこの状況。みんな防災庁舎を前に、何も言葉が出てこない。 あきらかに顔つきが変わっていました。1年4ヶ月経って、この状況。 「復興支援もっと必要だね。」「自分は何をすればいいのだろう?」 そういう言葉もバスの中で聞こえました。

 

一人ではこの状況を直視するのは辛い。 だからこそのバスツアーなんです。一人ではどうしようもなくても、みんなでやればできることがある。みんなで周ること、みんなで考えることで、息の長い支援がみんなでできればと思っています。 一人ではやっぱりみんな大変なんです。東京の人も、東北の人も。だからみんなで。 だからこその、バスツアーだと思っています。

 

その後398号線を通り、海岸線を走ることに。車中から戸倉、女川を見学し、石巻へ。途中、たくさんの小学生がなくなった大川小学校へ。

津波に巻き込まれ7割の小学生が亡くなったこの大川小学校。 バスの中でその事実を聞くのも辛い。バスを降りると、供養の演奏がありたくさんの人がお参りされていました。

 

その後、石巻の復興マルシエにて昼食。
石巻は石ノ森章太郎さんのミュージアムがあり、石巻の市内にはこのようなキャラクターがおいてあります。 お土産もあります。 復興マルシエでは、現地のおいしいものが食べれたり、お土産を買えたり、新鮮な野菜などを買うことができます。参加者の人は、ここでもお土産をたくさん買っていました。

 

 

石巻を出ると、最後の福島県へ入ります。ここから一気に弾丸ツアーになります。 高速を通り、福島県の南相馬まで一気に南下。車内から福島の沿岸部を見て行きます。

車内では福島観光のガイドさんが現地の状況を都度説明していただき、あわせて用意していたガイガーカウンターで放射線量がどれくらいかを常にアナウンスしていました。

 

2時間ほど、休憩をかねて南相馬に到着。 道の駅でまたお買い物。ここでも福島のお土産がたくさんあります。みんなここでアイスを食べたりお土産を食べたり、楽しんでいただけたようです。

 

南相馬からは飯館村を通り、福島市へ向かいます。車内では、放射線や除染の知識を身につけてもらうためにカタログを用意していました。
福島というと放射線。怖い場所。 よく知らないとそんなイメージがあると思いますが、正しい情報と知識を身につければ、それほど怖くはありません。実際に福島県内を走る時は、ガイガーカウンターを車内に回し、自分自身の目で放射線量がどれくらいかを確認してもらいました。(飯館村で放射線値はだいたい1μSv/hr 、それ以外はおおよそ0.3μSv/hrでした)

 

飯館村を通過する際には、福島出身のガイドさんも添乗員さんも思いがあふれてきます。家はあるけど、人がいない。目に見えない放射線の怖さや震災時の状況などのお話を伺いました。そこにはもうガイドさん・添乗員さんという形ではない、福島の人としての心からの復興への思い、葛藤を聞かせていただきました。

「福島に来てくださいね。おいしいものがあるんです。桃もお米もおいしいです。口にいれるものはきちんと放射線量は図っています。良かったら福島のものも買ってくださいね。」

 

そんな言葉を聞きながら、岩手、宮城、福島で被災の状況も復興の状況も全く違うことを再認識。 それぞれに支援の形も違う。 みんなの中で、「これから」を考えてもらうきっかけになれたのかな? と感じました。

 

お話を伺いながら、バスは最終目的地の除染情報プラザに到着。

この除染情報プラザは、放射線や除染の最新情報が分かりやすく展示されており、専門家の方のアドバイスもいただけます。 除染された物質がおかれる、仮置き場の情報もあります。本来、17時までしか空いていないのですが今回はムリを言って、17:30まできっかけバスのメンバーへ特別に説明をしていただきました。

分かりやすい説明に参加者のみんなも真剣。「東京でも説明会やってほしいよね」、「雰囲気が明るくて学ぶのが楽しかった」とみんなからも好評でした。

この除染プラザは7月7日にリニューアルしたばかり、雰囲気も本当にいいです。 気軽に入れて、気軽に聞ける。展示の内容も動画や写真がたくさんあり、分かりやすいので本当におすすめです。私も動画をいっぱい撮ったので、またアップしたいと思います。

 

そうこうしているうちに、終了時間の17:30に。
福島駅にバスで向かい、ここできっかけバス 第一弾は幕を閉じました。

 

二日間天気も崩れることなく、無事安全に第一回も終了。ほっとした瞬間でした。お世話になった、運転手さん、ガイドさん、添乗員さんと記念の一枚を撮り、次回のツアーもやりましょう! と約束して、福島から東京へ戻りました。

 

最後に

さて、この記事はレポートを兼ねて書いていますが、ここからは個人の思いもいれていきます。今回のきっかけバス、おかげさまで参加いただいた皆さんから好評でした。 「言葉が適切かわからないけど、楽しかった」そういっていたかもいらっしゃいました。

理由は3つあると思っています。

1つには、「これまで」起こったことを、色んな場所に寄り、自分の目で見てもらったこと。現実を直視すると確かに辛いですが、肌で感じてもらいたかったのです。

もう1つには、「これから」の復興のお話を、色んな立場の人にお話を伺ったこと。過去を風化させるわけではありません。過去に起こったことをまず五感で受け止め、その上でこれから必要なことを考えるきっかけがあったことだと思っています。

最後の理由として、そこに人の顔がある・つながりがあるからだと思っています。
一緒に回ったメンバー、現地でお話を伺った東北の人、復興屋台村で出会った現地の人。 いろんな人に会い、一緒に復興を目標に話をする。「この人が頑張っているなら、応援したい」「みんなでやるから、頑張れる」そんな気持ちが自然と生まれてきていたと思います。人の顔がある・東北とつながりができる。だからこそ、また東北に行きたくなるし、支援をしたくなる。

バスを最後に降りてもらう時に、そう感じてもらえることがこのツアーの目標でした。 参加者の人とそんな話が最後にできて良かったです。

 

少し前の話になりますが、きっかけバスは最初は違う名前でした。復興支援を人と人の話にしたい。ボランティア以外の関わり方を増やすために、東北バスをだしたい!そう言って、当時の代表理事のさとなおさん、理事の石川さんに直談判してスタートしました。私はいつもの通り思いが先行し、プランもないのに熱く語ってました(笑

「東北に行くきっかけに、きっかけバスでいいんじゃない?」そういって、きっかけバスの名前と案内文のコピーをみてもらったのは、さとなおさん。

「岩手、宮城、福島の弾丸ツアーにしよう! 被災と復興の状況は場所によって全然違う。 野田くん、ロケハンに行こう! 」と言って、三県の視察に連れっていてくれたのは石川さん。 事業に関してもたくさんアドバイスをいただきました。現地の福島交通さんとの恊働の話も石川さんあっての実現です。

 

さとなおさん、石川さん、私と、3人とも共通していたのは、みんなに東北に行ってほしい。特に若い人に見てもらいたい。 その思いでこのバスの話は始まりました。創始者の二人が得意な分野でアドバイスをいただき、私がアクションをとっていく。7月に代表理事の交代をする時に目指していた、助けあいジャパンの活動の形がこのバスで実現しているのです。

少々、個人的な話ですが、このこともあってバスが実現して本当にうれしかったです。助けあいジャパンのみんなにも、たくさんのサポートをしていただきました。本当に感謝しています。

 

これから、本格的な夏に向けてまたバスを出します。秋にも寒い冬にも、バスを出します。 参加者の人からは、子供向けのバスもだしてほしい。親子連れのバスも、いっぱいバスをだしてほしいとうれしい声をいただいています。

「東日本大震災で被災した人たちに「勇気」と「明日に向き合う気持ち」を送り続ける。」 これは助けあいジャパンのビジョンです。二年目の今、東北以外に住む人にできることは、東北を忘れないこと、少しでも関わり続けることだと思っています。 そのためにもボランティア以外の気軽な関わり方がもっとあっていいと思っています。東北のつながりを作るために、ぜひバスに乗ってもらいたいと思っています。

 

助けあいジャパン きっかけバスツアーは、ボランティアはしません。収益はほとんど現地に回ります。3県を周って、見て、聞いて、食べて、話をして、復興支援のきっかけを考えるツアーです。

 

東北に行くきっかけ。
東北の人々と会うきっかけ。
復興支援をするきっかけ。
みんなで東北のこれからを考えるきっかけ。
そして、いっしょに考える仲間ができるきっかけ。

 

助けあいジャパン きっかけバス。 福島交通さんと私たち助けあいジャパンは東北でまたバスを出します。

今後もどうぞよろしくお願いします。次のツアーは8月31日-9月1日。詳細はこちらをー> http://tasukeaijapan.jp/?page_id=26752

長文読んでいただきありがとうございました。

 

関連記事

人呼んで、きっかけバス http://dream-d.net/ishijun/2012/07/kikkak/
第一回 きっかけバスに参加してきました-togetter  http://togetter.com/li/339472

 

今年は12年ぶりに熱い夏になりそうです

 

今、仙台から新花巻に向かう新幹線の中です。朝は郡山から仙台へ。ミーティングを終えて、今から新花巻で明日からの「きっかけバス」の前入りです。

 

気づけば7月も、もう半ば。夏がそこまで来ています。
7月1日から助けあいジャパンの代表理事となり、おかげさまでいろんなお話をいただいています。毎日、おかげさまで一気に忙しくなっています。

5月までは会社を辞めたらゆっくり政治の勉強をする予定だったので、目まぐるしい毎日でびっくりですw あまりに変わりすぎてあっという間に一日が終わる感じです。(おかげさまでバタンキューで寝ています。 寝落ちともいいますがw)

 

今年の夏、熱いです。いろんな出来事があります。

 

一昨日、助けあいジャパンに有給職員が二人増えました。これまでボランティアでWebの編集を手伝ってくれていた新海綾子さん。福島を担当してくれる元サイバーエージェントの田中美咲ちゃんの入社でした。セブンイレブンの日に入社。 助けあいジャパン全体で懇親会もあって、少しはいい初日になったのかな?と思っています。

 

明日から助けあいジャパン きっかけバスツアーの第一回目がスタートです。 先週まで申し込みが3人だったのが、今週だけで一気に20名。おかげさまでバスがだせるようになりました。助けあいのメンバーのみんなにも告知をサポートいただき、現地のバス会社さんとは最後の最後まで調整です。明日の朝もムリ言って最終の打ち合わせです。間を取り持っていただいたIGPIの柴田さんにも何度も無茶ぶりしてしまいました(笑

おかげさまで明日、バスがでます。後はもう実際にバスをだしてみないとわかりません。第一回に申し込んでいただいた皆様とよいツアーになればと思っています。ありがとうございます。

 

来週の金曜日は復興庁さんから後援をいただき、イベントを実施します。その間も福島の事業の立上げが続きます。 全てが平行で一気に進んでいます。これまでのこともしっかりやりつつ、急ぎながらも丁寧に、しっかりやりたいと思っています。

 

 

気がつけばこの数年の夏は、ずっと仕事をし、オフィスにこもり、オフィスであっという間に夏が終わっていました。ただ、今年は違います。実は福島の事業が6月に決まってから、今年の夏は忙しくなると感じていました。熱い夏になるとおもっています。

毎日、チャレンジングなことばかりです。新しいことばっかりです。大変なんでしょうけど、毎日燃えている自分がいます。

 

振り返るとこんなに燃えている夏は12年ぶり。18歳のころ、インターハイ出場が決まり、日本一を目指してボートを漕いでいた夏以来です。何にも考えずにひたすら練習していた日々に似ています。インターハイが終わった後なんて何も考えず、そのことだけに集中していました。その感覚に似ています。 いやー、青春のフラッシュバック。懐かしいなw
今日宮城県庁で12年前の宮城国体のことも思い出しました。夏のインターハイが終わったあとの宮城国体。12年たって、また東北にいます。

 

18歳の夏から干支も一周まわって、ちょうど今年は30歳。
18歳の夏、インターハイでは決勝までいき、6位入賞という結果も残せました。結果がでたことで、人生が大きく変わった夏になりました。

節目の30歳の夏、この夏を乗り切ると自分の中でまた大きく変わる気がしています。 助けあいジャパンも組織が大きくなっていきますし。

 

18歳のころほど、体力もないし若さもないけど、今は目の前のことをバリバリやろうと思っています。少しでも復興に貢献できればと思っています。

 

 

今年の夏、お会いするみなさん。今年の夏は、熱苦しいやつですがどうぞ宜しくお願いしますね(笑

では、新花巻につきます。新花巻は新幹線の駅なのに、周りに何もないそうです。

今日の夜は、一緒に泊まるペーターさんと素敵な夜になりそうだなー(笑 ではでは

 

P.S

20日(金)に銀座でイベントを実施します。助けあいジャパンとしては初の復興庁から後援をいただいたイベントです。どうぞ会社帰り、仕事帰りにご参加ください! 詳細—>https://www.facebook.com/events/265665596867161/

社会が変わる「きっかけ」の話 

はじめに

少し、夢のような大きな話をしようと思っています。
私は 社会を変える! って大声でギャーギャー叫ぶようなことはしたくないのですが、社会を変えたいという思いは常に持っています。アプローチはオバマさんのCHANGE! よりは控えめな感じですね(笑

 

多分中学生くらいから、社会に貢献したいと思っていました。地元が長崎なので戦争の話、原爆の話は毎年夏になると聞いていました。祖父、祖母、両親もこういう話には積極的だったからかもしれません。 物心ついたころから原爆のことが頭から離れませんでした。

「人を良くするのも科学、悪くするのも科学の力」そう思って、15歳から高専で化学を学び、つい最近まで世界最大の化学会社にいました。(科学と化学の漢字を間違えて入ったわけではありませんよw 15歳の自分には原爆=化学だったのです)

ヒトが作ったものは、ヒトが直せるはずだ。青いようですが、15歳のころからそう思っていますし、今もそう思っています。実際、世界最大の化学メーカーBASFにいて感じたのは、化学の力は偉大である。社会に貢献できる。しかし、それだけで今の社会は良くならないということです。

 

Material が変わったとしても、今の社会にはもうそれだけで解決できない問題が山積みです。貧困、格差、人口問題、高齢化、食料問題、原子力、政治 その他いろいろ。昔であれば、環境問題や医療、食料問題などは科学の力で解決できました。もちろん、Chemistory(化学)、Science(科学)は人類の発展に必要ですが、今の社会問題の解決にはこれ以外のものが必要です。

何があれば、社会は変わるのだろう? 青い私は、こんなことをずっと考えていました。そして、今社会を変えるには3つのことが変わる必要があると思っています。

 

1つ目はお金です。
評価の軸を経済中心・効率中心から変えることです。 これは分かりやすい例が、環境や社会によいことをすればお金がどんどん儲かるようになること。 そうすれば変わっていきます。もっとぶっちゃけてかくと、「結局金です」。電力の話も、ひょっとしたらここじゃないですか?「経済効率」これがあるから、新エネルギーはまだまだ普及しない。

社会によいことは誰でも分かっているけど、お金がない・効率が悪い。どんなによい研究も、どんなによいNPOも、社会がある日を境に変わることはありえないので、今の社会で通じる「お金」というものがないと、影響力を持ちません。寄付の制度、社会起業、そして経済性以外の軸での価値がお金に変わっていく必要があると思っています。

 

もう1つは組織・リーダーシップです。
これはいかに人を巻き込み、組織を動かしていくかです。組織だけでなく、関連のある人たちや企業を共同体として、どう運営していくかです。そこには悩みもあります、困難に立ち向かっていくリーダーシップと巻き込み力が必要です。

BASFで一番学んだのはここです。世界一の化学会社にいて、放っておいたら、世界を変える物質ができるわけではありません。組織を動かし時に社内政治をして、執念ともいえる想いがあって、みんなで新しい物質や製品を世に出すのです。予算や組織の在り方、自身の在り方と戦う人もいます。

Material が社会を変えるのではなく、人が社会を変えるのです。人の想いが社会を変える。 それが私が世界一の化学会社で学んだことでした。Materialではなく、人なのです。「政治が変わらないと。。。」とおっしゃる方、そう、政治の在り方、政治家のリーダーシップが変わるべきなのはここにあたります。

 

3つ目。最後の1つがあります。それは「参加」です。
分かりやすく書くと、人々です。

さきほどのリーダーシップは、ビジョン、熱意、それを実現する組織としましたが、組織の枠組みが決まろうと、人がそこにいないと始まりません。枠組みはできた。共同体や、仕組みができても、人がそこに参加していないと、その枠組みはうまくいかないのです。 もちろん、リーダーはその巻き込みが重要なのですが、ここに新しいリーダーシップの形が問われ、新しい参加の形が問われていると感じています。

新しいリーダーシップも必要、フォロワーシップも、みんなの参加も必要。ずっと参加する必要はないけど、少しだけ参加する。そんな参加の仕方があってもいいと今思っています。そして、ここが重要なのです。

 

今の社会 -1%の話-

ふとあることをきっかけに、「社会を変える」という、社会貢献活動をしている「人々」がどのくらいいるのかが気になりました。

例として日本にあるNPOは約4万。4万とかくと多いですが、従事している人は一団体20人としても80万人。多く見積もって100万人としておきましょう。多分、数字だけ見るとこんな感じです。 100万って書くと多いけど、人口の1%です。NPOってよく聞くようになったけど、まだ人口の1%しか活動に関われていないと感じています。

社会貢献に興味がある人は1%。99%は興味があっても活動に参加できていない。 この数字、肌感覚だけどあたっていると思っています。

実は調べてみると1%と99%というのはいろんなところで起きている現象のようです。

  • アメリカのOccupy wall street は1%の裕福な人に富が集中していることを、99%の市民が抗議した活動
  • 日本の政治は国民の1%の政治家が動かしている(実際には数万人レベルで1%以下)
  • 日本の市民活動参加者(NPO参加者)は人口の1 % (上述の通り)

 

どうでしょう、先ほどの社会を変える お金、政治、人々の3つ。それぞれに影響力を持っているのは、たったの1% なのです。たった1%の人のなかで、あーでもこうでもないって話が繰り広げられています。

貧困の解決も、格差問題も、食料問題も、原発の問題も、政治も、関わっているのはたった1%。 いつからか私はそう思っていますし、世間一般でみたら、ヒトのために必死で活動できる人は、100人で1人くらい。多分この感覚で当たってると思います。

だけど、これだと、社会は変わらないと思いませんか?

 

これからの社会 99%の人々の話

私がこの1%に気づいたのが、東北にいくボランティアについて考えた時です。背景はこちらの記事を。  続けること、伝えること:1%の1歩先へ

事実、これまで東北にボランティアにいった人の数を調べると、6月末で1,025,900人。 やっぱり人口の1%の100万人です。もちろん被災した東北3県の方やNPOでのボランティア考慮すべきでしょうが、そんな細かいことはどうでもいいのです。1%が2%であろうとそう変わりはありません。

 

復興支援、東北のために、よく聞く言葉です。 でも、こういうのって、実は活動している人はいつも同じで、
同じような人たちが、
同じような活動を
同じようにやっている
だけなのかな? って思ってしまいました。 いつも同じメンバー、同じ内容だったら、やることはそう変わらないでしょう。

それが悪いとは思いません。否定しているわけでもありません。これが現実ですから。

でも、冷静に考えてみると、
「ひょっとすると残りの99%の人にはもっといいアイデアや面白い人がいるんじゃないの? みんな、1%の枠のなかで考えているのじゃないだろうか?」

青いままの私は、こんな変なことを考え始めています。昔から、Think outside the box(既成概念に捕われるな)と教えられていましたので(笑

 

これまでの1%の人の考え、枠組みではなく、99%の人、普通の人たちと一緒に社会を変えていくにはどうしたらいいのか? のヒトが、必死になって関わるだけでなく、99%のヒトも気軽に少しだけ関わる。 そんな形もあっていいと思っています。事実、99%の人たちが社会貢献などに関心がないか?というと、そうではなく、みんな何かに貢献したい人は多いのです。 でも、そのきっかけがない。関わるとボランティアなどが毎日大変。。。 というジレンマを抱えているのです。

 

3年前だったら、夢のような話です。だけど、今はこれが現実味を帯びています。一つの例がソーシャルメディアです。これまで情報発信は一部のマスメディアの役割でした。これがソーシャルメディアがあることで、誰もが情報発信できるようになったのです。1%の強力な従来のマスメディアとは違う、99%の人たちのためのソーシャルメディア。日々の情報をつぶやくだけ。対して影響力もありません。

だけど、そこで人々がつながり、協力しあうことで、エジプトでは革命が起きました。世界中でソーシャルメディアを使って、大量の寄付が集まり始め、新しいムーブメントが起こり始めています。変えているのは1%の人ではなく、99%の人たちです。 名もない個人。ちょっとの貢献、ちょっとの寄付、仕事をしながら、何か少しだけ時間を作る。そのちょっとのアクションが今、社会を変え始めているのです。

一人ではできないけれど、みんなではできる。そのためにソーシャルメディアがあり、社会を変えるためにはそういうコラボレーションの形、参加の形が必要だと思っています。

 

最後に

さて、最後にきっかけの話です。これまでの話をふまえて読んでみてください。私は震災後、助けあいジャパンの活動をしています。7月からはご縁があって、代表理事になりました。

今、震災復興の活動をやっていて感じるのは、この1%の壁です。同じ人たちが、これまでと同じようなやり方で復興をしているように感じます。 現地の人も、現地の人たちだけで復興をやっています。現地以外でも関わっている人はいますが、同じような人たちです。ボランティアに参加した人も上述の通り1%なのです。

ボランティアが1%ということは、実際に被災地を訪れたのもその人数だとも言えるのです。
99%の人にとっては、震災はテレビとインターネットを通じてのものでしかないのです。

テレビで東北の話が減ると同時に関心も薄れています。1年たって、命に関わる緊急時は確かに終わったように感じています。 だけど、復興というともっと時間がかかるのです。 これから10年はかかるのです。

 

この10年間を一部の人、被災地の人だけががんばるだけでいいのだろうか?
みんな疲れちゃうんじゃないの? もっと、ほかの関わり方ってないのかな?
そんなことを考え始めました。

先日、岩手、宮城、福島を周り、そのとき現地の人がおっしゃっていたのは、「私たちのことを忘れないでほしい」、「東北に遊びに来てほしい」。 忘れないことこれが、現地の方の力になるのです。 ボランティアはしないけど、行くだけで現地の人に勇気を与えることになるのです。

色んな人が少し関わってみると、ひょっとすると新しい復興のアイデアが湧くかもしれません。新しい活動が東京や大阪、各地で起こるかもしれない。 ひょっとすると、その活動がきっかけに社会を変えるのかもしれない。

 

そのためには99%の人に関わってもらう、きっかけが必要です。1%かかわるには、覚悟が必要です。いろんなこともしなきゃならない。それこそ、東北にボランティアに行くには、装備も揃え、働かなきゃいけない。 そんなマッチョな関わり方ではなく、気軽に関われるきっかけ。

そんなきっかけが、2年目の復興支援には必要だと思っています。 支援と書くと上からですね。 気軽にかかわるきっかけが、2年目の助けあいには必要なのです。

いろんなヒトに関わってもらうきっかけ。そんな思いで、助けあいジャパンは東北でバスをだします。ボランティアはちょっと。。。と思っていた方も、体力に自信のない女性や若い方、ご高齢のかたにもいってもらいたいバスツアーです。

 

現地のバス会社の方とやることで、参加費のほとんどが東北に周る仕組みにしました。ツアーに行くことで、復興支援になるバスツアーです。

東北に行くきっかけ。
東北の人々と会うきっかけ。
復興支援をするきっかけ。
みんなで東北のこれからを考えるきっかけ。
そして、いっしょに考える仲間ができるきっかけ。

助けあいジャパン きっかけバスツアーです。

ちょっと関わるきっかけ、99%の人が東北に少しだけ関わり始めたときに、そこからひょっとすると社会が変わるかもしれない。東北から日本が変わるかもしれない。 そんな思いで私はやっています。

みんな、一人で変えることはできません。だからこそ、みんなでバスに乗って東北を周り、一緒に何か考えるきっかけになればと思っています。一人で参加していただいても全然大丈夫です。

 

1%の先の新しい関わり方。 私にとっても大きなチャレンジです。
よかったら一緒にどんな形になるのか、見てみませんか?  みんなでこれから支援の形、そして少しだけこれからの社会が形が見えればいいなと思っています。

きっかけバス詳細はこちら。ロゴもかわいくないですか?
とにかく今、東北を自分の目で見てほしいと思っています。

 

さて、気づいたら、長い文書になっていました(笑

最初に書きましたが私はオバマさんのようにChangeを叫ぶことはしませんが、今自分にできることで社会を少し変えるには、このバスを出すことだと心の底から思っています。そして、これからも99%のヒトが関わる、新しい形を創れればいいなと思っています。 きっかけバス、どうぞ宜しくお願いします。

->きっかけバス詳細

P.S
今回は数字の部分を乱暴に1%としていたり、「これまでのやり方」と書いていますが、活動を否定している訳ではありません。これまでのやり方をふまえて、みんなで何か新しい支援の形ができればと思って書いています。Think outside the box です!

 

 

 

今回の記事いかがでしたか?
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助けあいジャパンの代表理事になりました 

いつもブログを見ていただいているみなさん、こんにちは。
今日は7月1日。いきなりなんですが、私、本日をもって公益社団法人 助けあいジャパンの代表理事に就任しました。

 

これまで代表理事だったさとなお(佐藤尚之)さん、理事だった石川淳哉さんが辞めるわけでもないですし、私が乗っ取ったわけでもないですw お二人とも創始者兼会長、創始者兼幹事長として、これからも関わっていただきます。
組織の若返り・新体制ということで、詳細はこちらのプレスを。

昨年の震災後「情報はライフラインだ」をミッションにさとなおさんを中心に立ち上がった、助けあいジャパンは今年の3月から公益社団法人になりました。 公益認定というのはざっくり言うと、内閣府にきちんと認められた世のため、人のためにある非営利組織です。ある方の言葉をお借りすると公益の事業を民間の組織で行う「国」みたいなもんだそうです。 公益の事業を民間の組織おこなっていくということで、いろんな人から寄付をいただきます。これは税金と同じ。 みんなの税金を使って、公共の事業を進めていくことが求められる組織です。

 

背景と公益について書きましたが、組織としてのご挨拶はプレスをみていただくとして、個人として書きます。
多分プレスリリースを見た方、私を知っていて今ブログを見ていただいている方が思っているのは。。

「えーー!!! お前、政治家なるって言ってたやーん!」

ってことだと思いますw(30歳の時のブログにもそう書いてましたしねw)

いや、政治家になるのは諦めていません。全然諦めていません。
4月から政経塾にも通っていますし、30代の間に政治家になります。それは理事のみなさんも了承してくれています。むしろ、政府や省庁とのやりとりが増えたり、公共についても勉強させてもらっている感じです。

 

ちょっとだけ背景を

話せば長くなるのでざっくりですが、実はこの代表理事のお話は5月9日にいただきました。ちょうどGWも終わり、ブログでこの30年の振り返り記事を書いた日です。

「野田くん、代表理事やらない? 政治家になるのを準備しているのを知ってて、あえてムリを頼んでるんだけどw」
って人生がマルっと変わるようなことを、理事の石川淳哉さんにさらっと言われましたw

 

本当は、来年から実家帰って政治活動する予定だったのですが、

  • 仕事を辞めるタイミングだったこと
  • 復興支援はずっと続ける予定だったこと
  • これまでの30年振り返って、次に行く準備ができていたこと

そして、

  • さとなおさんと石川さんのバトンをこのタイミングで自分に渡してもらうこと

が決め手になりました。 政治の道と悩んだ結果、これは「ご縁」だなということで、お受けさせてもらいました。

 

さとなおさんと石川さん。311前はお会いしたことがなかったのですが、助けあいジャパンがきっかけでプロジェクトの発足時から今までずっと関わらせてもらっています。 そのお二人が作った組織のバトンを自分が仕事をやめるこのタイミングで受け取ります。年も20歳ほど離れています。お二人とも大先輩、世間的にもすごいお二人です。これまでの業界も違います。このバトンを引き継ぐのは相当、プレッシャーでした。

 

本当にできるのか? という不安ももちろんありましたが、自分自身を信じると同時に、さとなおさん、石川さんを信じる、仲間を信じようと思って受けることにしました。

震災、そしてソーシャルメディアがきっかけで始まった、助けあいジャパン。私が活動を通じて学んだのは、「一人一人は小さな力。だけど、そのつながりがパワーを持つ」ということです。その言葉を今はすごく実感しますし、私はとことんつながりの力を信じようと思っています。
「ご縁とタイミング」。これが、政治家の道を一度遠回りしても、代表理事を務めさせていただく理由です。そして、きちんと成果を出して10年以内に政治家になります。

 

少し話は変わりますが

助けあいジャパンという公益社団法人は世間的にも珍しいポイントがあるそうです。

①わずか一年程度で公益社団法人として認められたボランティア団体は日本で初めて。
②99%のスタッフが無給のプロボノが集うオンライン上のクラウド組織が公益社団法人(もしくは同等の扱い)となるのは世界でも初めて。

そして今回
③公益社団法人の代表理事が51歳から30歳へのいっきに21歳の若返り(30歳の公益社団法人の代表理事は最年少)

だと聴いています。ひょっとすると少し違う部分があるかもしれませんが、極めて珍しい事だと言えると思うのです。これほどの新しい可能性を持って生まれて来た団体(プロジェクト)をどう進化させていくのかが私の使命です。若いからこそできること、社会を変える政治家になる!と覚悟を決めていたからこそ、できることがあると思っています。

私はとにかく動きます。さとなおさん、石川さんやほかの理事、メンバーのみんなで新しい可能性を形にしていきます。世界にも「Tasukeai」を展開していきます。

 

助けあう という言葉がもとになった助けあいジャパン。一人ではできないことをみんなで助けあって実現していきます。 そして、それを実現するための新しい形のリーダーシップが私には求められていると感じています。
(ここはさとなおさんと石川さんのプレッシャーがかなり大きいですwそのための刷新の人事ですので)

俺が!俺が!のトップダウンのリーダーシップではなく、みんなで対話して、助け合って進めるチーム(組織)を作ります。 現地の被災地の方の声、個人のボトムアップの声、それを実現できる助けあいジャパンにしていきます。

 

これまでサポートいただいた、たくさんの企業の皆様、現地の皆様、ボランティアの皆様、応援していただいている皆様、 これまでありがとうございました。そしてこれからも助けあいジャパンをどうぞよろしくお願い致します。

 

最後に

最後になりますが、私はもちろん公益法人の経営をやったことはありません。分からないからこそ、とにかく動きます。分からないからこそ、これまでの非営利組織とは少し違う感覚を大事にしていきます。ActionとPassion、そしてブログのタイトルと同じ、「習うより慣れろ-Learn by doing-」で前に進んでいきます。

震災復興、今年で二年目。 二年目も。助けあおう。が私たち助けあいジャパンのテーマです。良かったら、助けあいの輪に参加してみてください。 最初の一歩は、こちらにいいね!からご参加くださいね。

新体制になった助けあいジャパン、これからもどうぞよろしくお願い致します。復興支援、がんばります!がんばりましょう!

 

P.S
写真は2011年11月、 チャリティーイベントでのさとなおさんとの一コマ。 まさか、このとき代表理事やるなんて思ってもなかったなーw さとなおさん、私にバトンを渡していただいてありがとうございました。しっかりと頑張ります!

 

(Photo by Kumadaiworks 友人の山本大介くんが撮り、中島明さん、野村謙次さん、加藤たけしくんも少しずつ映っているのが感慨深い。なんで自分が超笑ってるかは覚えていませんw)